浜美枝さん

昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。末尾には、著者本人による録音音声があります。


日本国語大辞典によりますと「井戸端会議」とは、(元来、共同井戸の回りで)水くみ、洗たくなどをしながら、女たちが人のうわさや世間話に花を咲かせることをからかい半分にいった語で、現在は、主婦たちが、家事のあいまに集まってするおしゃべりをもいう―—とあります。からかい半分というところがちょっと気になるわけですが、要するに、奥様方がベチャクチャやるのを総称して、いどばた会議というらしい。で、その話し合いの場なんですが、昔は共同の井戸があって、それを囲んでということだったが、近ごろはずいぶん変わってきまして、団地ならば”公園会議”一戸建ちなら”門前会議”アパートなら”階段会議”買い物途中の”道端会議”…とまあ、いろいろ見受けられるわけですが、最近では、家事のあいまもずいぶんあるとみえて、わざわざテレビ局まで出かけて”スタジオ会議”というのが流行しているようであります。

ところで、その”スタジオ会議”でのことなんですが、以前、小川宏ショーのアシスタントをしていた女優の浜美枝さんに、こんな相談を受けたことがあります。ちょうど、世間で子殺しが連続して起きたころのこと。ニュースショーで、この話題をとりあげることになったそうです。そこで、スタッフが集まって、打合せをした。浜さんは主婦の立場から発言してほしいということになった。そのとき、彼女は考えた。いったいこの問題について、主婦であり、母親である私が、どのようにいえばよいのか、と。ずいぶん深く考え込んでしまったんでしょうね。あまりだまっているので、スタッフの一人がいったそうです。
「ですから、浜さん、あなたは母親なんだから、自分のこどもがかわいい顔をして眠っている姿を見たりすると、とてもじゃないが、その子を殺そうなんて思いもおよばない。子殺しの犯人は鬼のような人だ、とかなんとか…」
このことばに、また彼女は考え込んでしまったというんです。<本当に犯人は鬼のような人なんだろうか。そしてまた、わたしは、慈母観音のように、やさしくあたたかい母親なんだろうか…>とうとう本番になっても、ことばが出なかったそうです。そして、それからしばらく、このことが頭にこびりついて離れない。
「ええ、どうなんでしょう」と浜さんがいう。
「そりゃあね、私にもこどもは3人いて、みんなそれなりにかわいいわよ。寝姿を見えれば、抱きしめたくもなりますよ。この子たちのために、がんばろうとも思いますよ。でもね。たとえば、わたしが夜遅くまで仕事をして、明くる日また、朝早くから出かけなくてはならない。寝不足でとっても眠いときに、夜中にこどもがギャーッと泣く。そんなとき、ああよしよしなんて思えないわ。正直いって、コンチクショーですよ。わたしにとって都合のよいときや、こどものきげんがとてもいいときはいいけれども、もしも両方が悪いときだったら、ひょっとしたらわたしも、あの子殺しの犯人たちと、同じような気持ちになるのかもしれない。そう思うと、人間って、とてもこわい生き物のように思えてきて、ゾッとするの。こんなこと考えるなんて、わたし間違っているかしら」

考えさせられますね。もちろん、犯人の行為は悪い。しかし、もし、わたしたちが犯人と同じ立場になったらどうなのか、そういう縁にふれたらどうなのか、それでも鬼のようなことはできない、といい切れるのかどうか。たまたま、わたしたちにはチエがある。都合のよい性教育も受けている。だから、犯人のような結果としてあらわれない前に、多くのこどもたちを葬ってしまっている。そんなわたしたちに、鬼のような犯人と決めつけることができるのか、どうか。きょうのいどばた会議で、この問題を、ひとつ話し合ってみてはいかがでしょう。


雪山隆弘
昭和15年生まれ。大阪・高槻市の利井常見寺の次男として生まれ、幼い時から演劇に熱中。昭和38年早稲田大学文学部演劇専修を卒業後、転じてサンケイ新聞の記者、夕刊フジの創刊メンバーに加わりジャーナリスト生活10年。されに転じて、昭和48年に僧侶(浄土真宗本願寺派)の資格を取得し翌年行信教校に学び、続いて伝道院。同年より本願寺布教使として教化活動に専念する。善巧寺では、児童劇団「雪ん子劇団」をはじめ永六輔氏を招いての「野休み落語会」など文化活動を積極的に行う。平成2年門徒会館・鐘楼建設、同年往生。

Play