鬱蒼と生い茂る木々に囲まれた神社の領域に、親鸞聖人像がそびえたつ。

photo by 三原貴嗣さん
箱根神社は、親鸞聖人が関東から京都へ移動中に立ち寄った地で、三日間この地に留まり、その間に自作の木像を掘り納めたという。たった3日の出来事ながら、箱根神社にはその後親鸞堂が建立され、本願寺側も聖人の生涯をあらわした「本願寺聖人親鸞伝絵」にエピソードが記されている。それらのことが、一定のインパクトを持った出来事だったことを物語っている。
親鸞聖人は、 関東の地を出発し、 京都への旅路におつきになった。ある日、 日暮になって箱根の険しい山にさしかかり、 人の歩いた後を頼り道を進み、 ようやく人家が見えてきたのは、 すでに明け方近く、 月も傾き山に隠れようとする頃だった。そこで、 聖人がその人家を訪れて案内を請うたところ、 立派な装束を身に着けたかなり高齢の老人が、 すぐさま出てきて次のようにいった。
「お社近くのならわしとして、権現(ごんげん)さまにお仕えするものたちは、 夜通し神楽(かぐら)を勤めます。 わたしもそこにおりましたところ、 今しがたうとうと眠ったらしく、 夢かうつつか定かでない中に、 権現さまがわたしが敬っている客人が、 いまこの道を過ぎようとしておられる。 かならずきちんと礼節を尽くし、 特にお心を込めてもてなすがよいとお告げになったのです。そのお告げから、 まだ覚め終らないうちに、 にわかにあなたがお姿を現されました。 どうしてただ人でいらっしゃるでしょうか。 権現さまのお告げは明らかであり、 仰せの通りあつく敬わねばなりません」
そして、 丁重に聖人を招き入れ、 さまざまな素晴らしい食べ物を色々とあつらえてもてなしたのでした。
(本願寺聖人親鸞伝絵 第4段)
その場所に昭和39年、「殉国学徒慰霊碑」として聖人像が建立。現在も毎年8/2に築地本願寺から導師を招いて「戦没学徒追悼法要」が行われている。



造形は親鸞聖人70才頃の写し絵「鏡のご影」をモデルにした像で、京都の大谷本廟などにも見られる。黒ずんだ色合いが場所との相性もよく、迫力が伝わってくる。
箱根神社
神奈川県足柄下郡箱根町元箱根80−1
https://hakonejinja.or.jp