仏弟子としての名「法名(ほうみょう)」は生前に頂くお名前です。
クリスチャンネームは生きている間(むしろ若い時)にいただくことがスタンダードになっていますが、法名や戒名にはその意識がまだまだ浸透していないようです。
浄土真宗では「釈○○」と漢字二文字が入り原則お経の言葉から頂きます。近年本願寺では、その○○に入る漢字を自ら希望することが認められ、それを内願(ないがん)と申します。本来頂くお名前だけに、自分で付けることには賛否両論あるのですが、内願をご縁に仏教に触れる機会となっている方々もおられます。
お寺の役員の方々と集まって談笑していた時のこと。ふとある方がこんなことを言われました。
「おらの名前の漢字、正信偈にも阿弥陀経にもないがいちゃ」
この方は内願をご縁に聖典を開いてお経とにらめっこされていました。予想していなかったことだけに内心少し驚きつつ、改めて法名の意義を考えさせられました。それならば一緒に探してみましょうと、他のお経からその方の漢字が入った部分をいくつかピックアップ。意外なところでお経の話で盛り上がります。また、元薬剤師の方は「薬」という字を入れたいと聞いてこられました。その当人を象徴するような漢字を入れるというのは、なかなか面白いですね。私なら何と入れるだろうと人生を振り返る機会にもなりそうです。少々お酒の入った場ということもあって、しまいには酒好きの方が「酒はダメけ?」「いや~、それは…」と、法名の話をご縁に盛り上がったことでした。
善巧寺では、秋の大法要初日に法名を頂く「帰敬式(ききょうしき)」が行われます。
「死んだあとの名前」「考えたこともない」という方の意識が変わるご縁となることを願っています。