ルールを破り、曲げるもの

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昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。


 ゴルフだって、テニスだって、野球だってゲートボールだって、そう、人生だって、達人になろうと思ったら、しっかりとルールを守ることであります。お経にも「ルールを守ることが第一の善である」と説いてある。そして、ルールを守れば「他人から愛され敬われ、心さわやかになり、悪い夢をみることなく安眠できる。だから病気もしないし、長生きできる。もしまた命終わっても、極楽に生まれることができる」とも説いてあります。

いいなあ、そんな気分になれるのなら、私もせいぜいルールを守ってがんばろう!こういうふうに素直に思って、今日からあなたも実行なさいませよ。そしたら、スポーツだけじゃなく、あなたの人生、心豊かに生き切ることができるに違いないんだから。

でもねー、そう簡単にはいきませんよね。そうそう、たかがゲートボールと思われるかもしれませんが、あれだって、いろんなルールがあるんです。2度打ちしちゃいけないとか、手でさわっちゃいけないとか、打順を間違えちゃいけないとか・・・。ところが、これがなかなか守れない。人が見ていないと、つい2度打ちしてみたり「まあ、これくらい、いいじゃないの」とルール無視をやってしまう。注意されるとゴメンナサイとは素直にいえない。「なにさ、遊びでしょ」という気になってしまう。遊びでこれくらいのルール違反をしているのなら、人生本番でもっとすごいことやらかす可能性ありということなんだけど、ここんところがわからない。

で、我を張って、自分を正当化して、しまいにはこのルールがいけないんだと、ルールを裁いてしまうしまつです。いや、本当に、最近まで、ゲートボールの全国統一ルールってのがなかったんです。こっちのがいい、そっちのはだめだと、やり合っていて、どうしても決まらなかったんだそうですが、こうなると、ウチの子供と一緒だなと思う。

境内で野球をしているのを見ていると、ありゃ野球をやっているんじゃないね。まずチーム分けのジャンケン。ここで、勝ったらどうする、負けたらどうのとルールづくりからはじまる。ところが、自分の気に入らないようになると「ちょっと待った、もう1回、今度はこういうぐあいに・・・」となって、プレーボールまで30分ぐらいかかる。そしていよいよゲームがはじまると、投げ方、打ち方、走り方、こういう場合はアウト、こうなったらホームランというふうにルールを決める。で、決まったかな、と思ったら、またまた「ちょっと待った。これじゃあつまらないから、今度はこうしよう」なんてはじまって、またジャンケンかなんかやり出して、挙句はケンカで」だれかが泣く。まあ、これの繰り返しなんですよね。野球をやってるんだか、ルールづくりをやってるんだかわからない。

しかし、オトナの世界もどうやらこれの連続みたい。ルールをつくってはこわし、こわしてはつくり、そして違反したものを指差して非難し、自分が破ったらルールが悪いとなじり・・・できるだけ自分の都合のいいようにルールを曲げてゆく・・・。ああ、そうか、こんなことしてるから私達「他人からは嫌われ、さけすまれ、心よどみ、悪い夢ばっかりみて寝つかれず、病気ばかりで長生きできず、命終わってもどこへゆくかわからない」わけだ。そういえばお経には「ルールを破るものは、畜生に異ならず」とあったっけ・・・。


「お茶の間説法」(37話分)
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