「もらう」っていいことばです

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「いいことばねー」
さし絵の晃子さんが、スケッチの手を休めて、ポツンという。
そう、私もいま、そのことばを反すうしていたところ。
ガイドのアーナンダさん。名前もすごい。おしゃか様の一番弟子と同じなんです。ほら、お経の中によく「仏号阿難(ぶつごうあなん)」と出てくるでしょう。もうそれだけで、とっても親しみを感じているところへもってきて、日本語がペラペラ。いや、ペラペラというより、もっとこう、しっかりとした感じ。

聞けばこのアーナンダさん、スリランカ1番のコロンボ大学の経済学部を卒業して、日本に留学したんですと。大阪の千里に下宿して、大阪大学で2年間勉強して、その間、近所の子に英語教えて、しっかりお小遣いをためて、北海道から九州まで、くまなく旅して、そうして、国へ帰って、いま、オーストラリア大使館に勤めている。マスターした日本語を忘れないように、年に2度は休みをとって、日本の観光客のガイドをしているんだという。
「ボク、仏教徒デス。町デ働イテ、週末ハイナカヘ帰ッテ、百姓シマス。ソシテ、母タチト一緒ニ仏サマニオマイリシマス」
もう、とってもうれしくなっちゃって、ようこそようこそ、という感じ。で、じつは、いいことばっていうのは、そのアーナンダさんのことばなんです。
「皆サン、スリランカハ、ミドリ、多イデスネ。ホラ、ムコウニ見エルノハ、ヤシノ林デス。ズートズート、ゼンブ、ヤシノ林デス。ワタシタチスリランカデハ、アノヤシノ木カラ、ヤシノ実ヲモラッテ、ソノ実カラ飲ミ水ヲモラッタリ、花カラ出ル汁ヲモラッテオ酒ヲツクリマス」
「コンドハ、ゴムの木ノ林ガ見エテキマシタ。ミナサンゴ存知デショウ。ゴムノ木ニキズヲツケテ、ソコカラ出ル、ノリノヨウナモノヲモラッテ、ゴムヲツクリマス」☆◇♡・・・?!このマークは、黒柳徹子さんが、日本にパンダがやってくるというニュースを聞いたときに使われた感嘆の符なのでありますが、まさにこれがピッタリの感動でありました。ねえ、おわかりでしょう。さし絵の晃子さんも、じつは、このこと思い出していたの。

そう、ヤシの木から、ヤシの実をもらうんだって。ゴムの木からのりをもらってゴムにするんだって。わたしたちはこんないい方はしないよね。なんでも取ったり、獲ったりするだけで、もらうなんて思ってもいない。コメをとる。サカナをとる。客をとる。票をとる。月給をとる・・・。ね、そうでしょ。でも、ほんとは、なにもかも、もらいものばかりなんだよね。まいったなあ。スリランカまで行って、日本語を教えてもらっちゃった。
「若ハン、そんなことウチでいうたら、なにやら他人の家から盗ってくるみたいやぜ」
アハハとお経の会のおなちゃんたちが笑った。笑ったけど、やっぱり、そうだなーとうなずいた。
「そういえば、水は天からもらい水だったわねー」
「そうそう、自分の名は親からもらって、母ちゃんという名は子供からもらって、なにもかも、もらって生かされているんでしたわねー」
あなたもこのことばをもらって、人生味わい直してみませんか。


昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。

「お茶の間説法」(37話分)
>> https://www.zengyou.net/?p=5702

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