すばらしい一年の教科書

「いや、本当になつかしいですなあ」
と、小学校の校長先生。入学式に顔を出して、一年の教科書の話をしていたら、
「ぼくは昭和6年入学。サイタ サイタ でしたけどね。何が自慢かといって、教科書が色刷りになったのは、あれがはじめてだった。パァーッとピンクのサクラの絵。うれしかったね。みんなに、どうだって、みせびらかしたのを覚えていますよ」
ついでに、図書室へ入れてもらって、最近の教科書をみせてもらったら、3年ごとに業者が内容を変えて出している。

昭和49年のには、お日さまと、ヒヨコと、小イヌがいて、絵本みたいな感じで、
あかるいな ふたつに わけるよ
と、小イヌが小屋をノコギリで切って、ヒヨコに小屋の半分をあげる。そこへ雨がふってきて、
たいへん たいへん
と、またその小屋を一つに合わせて、一緒にはいる。このころ、ひょっとしたら、住宅難か、あるいは核家族の問題があったんじゃないのかなあ。

52年のは―
あおい あおい うみ
ひろい ひろい そら
とか、
きこえる きこえる
とりの こえ
とか、やたらと、自然の美しさを絵でみせる。これも、やっぱり、自然保護を反映しているんでござんしょうねえ。
そう、そういえば、いつだったか、大阪の小学校で「先生、教科書はウソいってる」と訴えた子供がいたそうだ。
かわには めだかが およいでる
とあるけど、そんな川はどこにもないやんか、ということでありました。
まあ、そんなことの反省もふくめて、小学校1年のこのころの教科書は、豊かな自然、美しい自然を見直しているのでありましょう。いいことだと思います。絵をみても、動物も植物も人間も、みんないっしょになって、笑っている。すばらしいと思う。私のころの、
おはなを かざる
みんな いいこ
と、だいぶ違うと思う。だって、そうでしょ。かざる、というのは、どこへかざるか、という問題がある。あのころは、家庭に和らいだものがなかったから、みんなでお花をかざりましょう、とすすめられたんでしょう。でもね、これは、自然保護からいうと、おかしいのよね、花をかざるというのは、どこからか、とってきてかざる。買ってきてかざるということですもんな。これは自然破壊につながるし、自然をゆがめることになる。売れるもんなら…というわけで、チューリップの球根を冷蔵庫へつっこんで「冬やゾー」とだまして、早く咲かせたり、「年中、昼だー」と電気をつけっぱなしで、キクやらなにやらを店頭に出す。どうも、こういうことを考え出したのは、私たちのあの年代に育った連中じゃないかしら、と思ったりして・・・。図書室を出ようとしたら、若い先生、とてもハキハキしていらっしゃる。先生、あなたの小1の教科書は?「ハイッ。”ひろこさん はい。ただしさん はい” でした」。


昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。

「お茶の間説法」(37話分)
>> https://www.zengyou.net/?p=5702

>>「お茶の間説法」 プレイリスト
>>「続・お茶の間説法」 プレイリスト