みんな繋がっている

仏教には縁起の教えがあります。縁儀とは、「すべてのものは単独で存在しているのではなく、他のものが原因になり条件になって成り立っている」ということです。これを、一言であらわすと「すべては繋がっている」ということでしょう。ただ、実際にはその繋がりがとても見えにくい時代です。

核家族化が進み、「家を守る」という考え方が薄れ、また、物質主義の行き過ぎから、おらゆるものがお金に換算される世の中で、「もったいない」や「おかげさま」という心が育ちにくくなっています。「もったいない」とは、すべてのものは「頂き物」であるという受け取り方から生まれた言葉で、そこに「おかげさま」という感謝の心を育んでこられた先人の方たちがたくさんおられました。今は人も心さえもお金で解決出来るような錯覚に陥り、「おかげさま」より「お金さま」。ないものは渇望か絶望、あるものは貪りと驕り。他でもない自分のことです。お経にはこんな言葉もあります。

人は激しい欲望の中で、
独り生まれ 独り死し
独り去り 独り来る

なんとも寒々しい言葉ですが、これを踏まえた上で、縁起の教えを味わってみると、希望が見えてきます。

人と人の繋がり。いのちといのちの繋がりを教わる時に、人は初めて本当のいのちを見つめることが出来るのかもしれません。まずは、近しいご縁からしっかりと見つめ直していきたいです。

(寺報126号)