ニワトリのいのち

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昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。


上品な人、りっぱな人になる第二条件は「いのちを大切にする」ことだといわれます。(第一の条件は前回紹介しましたが、世のためにつくし、ものをいつくしみ、はぐくむ心と説かれています。)生命の尊重は人として生まれて当然のことだとおっしゃるかもしれないけど、その当たり前のことが、あまりよくわかっていないのが私達のようであります。

たとえば、ほら、もうすぐ、愛鳥週間がはじまりますよね。10日からでしたっけ。日本の野鳥は全国で424種とかで、その愛らしい姿や鳴き声で、人の心をなぐさめてくれる小鳥たちをやさしく守ってあげましょう-というのがこの週間のココロのようです。けっこうなことであります。殺生をするのはよくない。いのちは人のいのちばかりではない。小さな鳥たちにもいのちがある。だからこの週間をご縁に大いにかわいがって、ヒマがあったら、木の枝に巣箱をかけてやったり、庭に小米をまいてやったりなさる・・・あの・・・悪いといっているんじゃありません。大いにやるべきことだと思います。しかし、こういうことも考えておかねばいけないんじゃないかしら。愛鳥週間に、ニワトリは含むのか、含まないのか、どっちなんだろう?

一度、ラジオでこのことを聞いてみたことがあります。そしたら、聞いていた奥さんからスタジオへ電話がかかってきました。
「あのォ、放送聞いていたんですけど、バードウィークにはニワトリはふくまないんじゃないですか?」
「どうして?」
「だって、ニワトリは家キン類で、食べるものでしょ」
「食べるものはかわいがらなくっていいって、だれが決めたんですか?」
「さあ-」
電話の奥さんもわからなくなったようです。で、こんな話をしていたら、ナチュラリストの方が気にされたのか、生番組のスタジオへお越しになりました。
「クルマの中で聞いていたんですが、あまり考えてもみなかったことなので、ひっかかりましてねえ」
富山では、有名な、すてきな野鳥保護の会のおじさんでした。そこでもう一度聞いてみました。
「どうなんでしょうねえ」
「むずかしい問題ですね。うちで保護しているフクロウのヒナは毎日かしわのすり身をたっぷり食べて元気に鳴いていますが、考えてみれば、これもいったいどういうことなのか…」
先生、ずいぶん複雑なお顔なさってました。

もちろん、スカッとした答えは出ないかもしれないけど、少しは考えてみてもいいんじゃないですか。ニワトリにもいのちがある。それを勝手にパックにつめて、安いの高いのうまいのまずいのといっている。ニワトリのいのちなんて、ちっとも考えていない。ニワトリだけじゃなく、ハトだって、以前は平和のシンボルだなどとかっこいいこといってたけれど、近頃はフン害で、どこでもきらわれもので、所によっては空気銃で撃ってもよしという常例もあるとか。人間ってずいぶん勝手ですね。

なにもニワトリを食べるなといっているんじゃありません。ただ、ニワトリにだっていのちがある。そのいのちを忘れて、かわいい声の野鳥にだけ片寄るのは、ちょっとヘンだったなと思っていただきたいのです。


「お茶の間説法」第一巻はこちらからどうぞ。
>> http://www.zengyou.net/?p=5702