食べてくれる よろこんでくれる

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昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。


女人に5力-4番目は「生活」であります。
お経には「田業力」などとありまして、インドでは、田んぼの仕事は女がやることになっているらしい。これは一度確かめなくてはと、昨年インドへ行ったとき、見てきましたが、なるほど、あの広大なインドの田畑で、懸命に働いていたのは、ほとんどが女性で、男はヒゲをはやしていばっているだけみたいでした。

で、これはインドだけかというとそうではなくて、富山の私の寺の縁側からながめてみても、やはり田んぼは女の仕事だなあと思えてきます。こんなことをいったら、農家の主人がおこるかもしれないけれど、男が田んぼに出るときは、必ず機械とご一緒で、田植機のハンドル握って胸を張り、トラクターの運転席でタバコふかしていらっしゃる。田植えをしているのは、サナエちゃんとか、小太郎さんとかいう農機具なんですね。

一方、女性はといえば、機械のそばで、トウチャンをしきりに持ち上げて、自分はコツコツ黙々下働き。終わると、男は「あー疲れた、さあビールだ!」となるけれど、カアチャンの方はそれから帰って食事の支度が待っている。コシヒカリは越中女でもっているといっていいんじゃないかと思います。

さて、女人の第4力を田んぼからもっとひろげて、生活全般と考えてみましょう。生活とは、辞書によれば、生存して活動することとか、生きながらえることとか、くらしてゆくこと、世の中で生きてゆくてだて、などとなっていますが、こういうことを自分1人だけでなく、家族全員のことまで引き受けて、それを苦もなく、うまーくやりこなせるのは、もうなたって、主婦以外にはないのであります。

これは本当にすばらしい能力でありましてたとえば食生活-これは最近ふと気がついたことなんですが、近くの奥さんたちの会話の中に、よく「食べてくれる」とか「よろこんでくれる」ということばが出てくるんです。
「ウチはね、ニンジンやピーマンは細かくきざんで、いためごはんやスープの中に混ぜちゃうの。そしたらよく食べてくれるのよ」
「そうね、やっぱり工夫よね。主人だってけっこう偏食なんだけど、ちょっと目先を変えるとよろこんで食べてくれるわね」
これは食生活だけではなく。着るものにしたってそうでして、
「なんとかで洗ったわ、フワフワで真っ白!こどもたちがとてもよろこんで着てくれるんです」
なんて、コマーシャルもあるぐらいで、常に子供のことを思い、家族の生活について考えていらっしゃる-それが主婦ってものなんですね。

一家の主、名利の男からすれば「食べてくれる」は「食わせる」であり「よろこんでくれる」は「よろこばせる」となって、どうも上から下への押しつけがましさが目立ちます。これはもうどうしようもないことでありまして、男は名利ただ一つなのだ、とでも理解いただいて、とにかく家庭と子供と生活というものを「おさんどん」などと見下げずに、これこそ、男に羽は持ち合わせのない、女の力の入れどころ、わたしの独壇場なのだと再確認、再発見していただきたいと思うのであります。


「お茶の間説法」(37話分)
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