心にJISマークを

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昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。


借金の証文に押す印鑑の証明がいるというので、先日役場の窓口へ行きました。
「ずいぶん年期の入った印鑑ですねー。まわりがひどく欠けていますよ」
窓口の女子職員の方、笑いながらこうおっしゃる。そういえば、水晶のハンコでいたみがひどく、周囲の丸がほとんどなくなっている。
「ほんとだ。こりゃボツボツ新しいのにしなくちゃいかんなあ」
「そうですよ。いまどき、こんな印鑑持ってる人、少ないですよ」
「へー、そんなもんですか」
「ええ、そりゃもう立派なものばかり。ホラ、あの・・・開運っていうんですか、みんな縁起かついで、一年に二度も三度もっていう人もいるんですよ」
「なんと!」
「おたくお坊さんだから、聞いてみるんですけど、やっぱり印鑑ひとつで運が開けるなんてことあるでしょうか?」
「あなたは、どう思います?」
「さあ、そんなこと、ないと思いますし、ひょっとしたら、あるのかなあ、なんて・・・」
「で、あなた、印鑑をかえられたの?」
「いいえ、まだ・・・」
「それなら、かえないほうがいいでしょ。いや、いいも悪いもないけど、少なくとも印鑑を新しくして幸運がくるのは、その印鑑屋さんだけじゃないかなあ」
「ハハハ、そういえばそうですね。わたし新しくするのやめとこ。もうかっちゃった。ハイ、証明書できました」
というわけなんです。いや、ほんとにすごいんですって。まったくバカバカしいことだけれど、わが町へ、印鑑のセールスマンが来たとたん、役場の窓口までがいそがしくなるくらいに、実印の変更が相次いだというんです。

ゾッとしませんか。冗談じゃないよっていいたい。いや、これは、私が浄土真宗のお坊さんで「深く因果の通りをわきまえて、現世祈祷やまじないを行わず、占いなどの迷信にたよらない」という教えを身につけているからいえるわけで、ちっともゾッとせず冗談どころか、本当に信じきっちゃってる人もたくさんあるんだから、あんまり、そういう人を傷つけたくないんですが、やっぱりちょっとおかしいなあと思ったほうがいいんじゃないかと思う。

だってそうでしょ。ハンコはあくまでハンコであって、あなたではない。そしてハンコの字は、ハンコ屋さんが彫るのであって、その人がいくら先生と呼ばれようが、字は字であって、あなたの運命とかを変えたりするものじゃないはずです。それが、因果の道理というものでしょ。じゃないですか?

運が開けるとか、幸福がやってくるとかいって売り込んでくるのも、ハンコだけじゃなくて、いろいろありますね。表札とか、掛け軸とか、なんとか、かんとか、そういうものをお買いになるときは、ぜひ、因果の道理に照合してみて下さい。それでうなずけるものならかまわないけど、アーラ不思議なんて道理に合わないものがあったら、なるべく近寄らないほうがおトクかと思います。キャッチフレーズ風にいうなら、因果の道理は、あなたの心のJISマーク、ということになりますか。年末は特に心の戸締まりをお忘れなく。


「お茶の間説法」(37話分)
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