精一杯生きるのを認め合って

「それはそうと、若ハンも出てきたねー」
またこれだ。近頃、よくいわれるんです。
「動かんと、食べてばっかりいるからでしょ」とか、ああしたらいい、こうしたらいいと、おなかをへこます方法を、いろいろ教えて下さる。くやしいねー。さっきから、お話をしている間中、フムフムとうなずいて聞いて下さっている様子だったけど、目だけは、私のおなかのあたりにチラチラと飛んで、結局、人生の意味をいかに発見してゆくか、などという話の方はどこへやら、ずうっと、この人、いかにすれば減量なるか、ということを考えていらっしゃったみたい。
「そんなこといっても、若ハンの身体のこと思うていってるんだから、文句いわずに聞かっしゃいよ」
ハイハイ、というわけで、話の中休みは、もっぱら、運動不足と、健康管理についてのご高説をうかがうことになってしまう。で、結局、おばちゃん、おばあちゃんたちの結論は、「欲しがりません勝つまでは」という時代から「欲しがりましょう、あくまでも」という時代になってしまったことへの反省が足りないんだよ、近頃の若いもんは・・・といおうことになってしまう。

そういえば、昨年までは、家庭内暴力や校内暴力の時代を反映して、小1の教科書も「なかよしの木」だったけど、今年から変わっているんですよね。うちの学校でみせてもらったら、なんと「はしれ はしれ」になってる。
砂場でみんなが遊んでいる絵があって、
はしれ はしれ はやい はやい
となってる。いやあ、やっぱり時代ですなあ。日本全国運動不足、欲しがりましょう、あくまでも、で、私のおなかのようにボディじゃなくて、ボテーとしてきた。で、トリムだ、エアロだ、ジョギングだ、アスレチックだ、ノンカロリーだ、とにかくおやかましい時代になった。そこで、出るべくして出たのが、この教科書。健康はみんなの願い、というわけなんでしょうね。
「そう、走れ、走れ。若ハンもなわとびのひとつぐらいやらんにゃ!」
と、こっちまでハッパをかけられちゃった。でも、この、はやい、はやいは、どうなんでしょうね。遅いものもいる。健康、健康というけれども、不健康な人もいる。その不健康な人にも人生はある。健康は財産だ、健康第一だ、というけれども、その声を聞くだけで胸が痛む人たちがたくさんいる・・・。そのこと私たち忘れているんじゃないかしら。

いつだったか、国際児童年の年、ゴダイゴの歌がはやって、その歌にのせて、NHKが子供へ一言いう、CM風のものを流してましたけど、その中で、
「ケンカをして、勝ったキミは強い子だ。けど、負けた友だちのことを、少し考えてみる・・・それができたら、キミは強い子ではなくて、いい子になれる」
と、いう意味のがあった。走っても、走れなくても、早くても、遅くても、お花をかざっても、かざらなくても、きれいなことばを使っても、使わなくても、なかよしになれても、なれなくても、おなかが出ていても、出てなくっても、みんな精一杯、そう、精一杯生きているんだってこと、認め合わなくっちゃね。


昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。

「お茶の間説法」(37話分)
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