浄土真宗の厳しさ/山本摂叡

このテキストは平成18年、寺報118号、119号に掲載されたものです。

行信教校教授 山本摂叡師

まづ至誠心といふは大師釈しての給はく、「至といふは真也、誠いふは実也」といへり。 ただ真実心を至誠心と善導はおほせられたる也。

 今年は大変暖かい秋でございました。善巧寺様だけにしかない空華忌の御法座でございます。この頃、私が痛感しておりますところを、少しお話させていただこうと思っているわけでございます。

時代の変化

 ちょうど、戦争が終わりまして60年という年月が経ちました。その間に、日本の社会構造の基盤であります家庭というものが根本的に変わってきたように思います。それは、政府としては家督の相続という制度が廃止されました。したがって長男が家督を継ぐということは民法の上でなくなったわけでございます。子供はみんな家を継ぐ権利を平等に持つという制度なわけです。それから戦後まもなく土地の制度というものも大きく変化いたしました。このころ、分家という言葉が半分死語になったようです。子供たちが独立して生活をするのは当たり前の時代です。ことさらに分家をするということを言わなくてもいいような感覚が強くなってまいりました。昔は分家をするということは実は大変大きな問題であったわけです。ある地方では分家の第一代目になることを「先祖になる」といったそうです。つまり新しい家をこうして、その新しい家の第一代になるんでから「先祖になる」わけです。そういう言葉で説明したことがあったそうでございます。なぜこんなことをお話しするかと言いますと、私は、日本の宗教というものは善かれ、悪しかれ、家というものを中心として営まれてきた宗教であったと思うのでございます。家庭にお仏壇というものがあって、そのお仏壇を家庭の中心とし、家庭を相続するものが、そのお仏壇をお守りさせて頂く。そういう制度で持って日本の宗教というものはずっと何百年来、営まれてきたんだと思うんです。ところが、これからの宗教というのは一人ひとりの信仰でなければならないという考え方がずいぶんと盛んになってまいりました。個人の信仰の自由というものが保証されていますから家の単位の宗教よりも、個人単位ということがなければ信仰というものも成り立たないという考え方が大変強調されてまいりました。
 大阪の都心のお寺の方に聞きますと、こちらのほうでは想像できないような大変さがあるようです。戦災にあいまして、大阪の都市部のお寺も含めて、家々が焼け野原になってしまいました。その後、徐々に復興していくんですけれども、お寺があった場所を中心とし、そして、檀家の方がおられたという地域の構造が崩れていってしまうんです。とにかく高度成長期からバブルの頃に向かって土地がどんどん高くなってまいりまして、そこに住まいができなくなってしまい、外交へと出て行かれるわけです。心斎橋という所のお寺のご住職は「うちのお寺まで歩いていくことができる檀家さんは3件しかありません。後は全部、外交の遠いところに転居していかれました。」と言われます。そうするとご命日やご法事のお参りがどんどん大変になってくるんです。1軒お参りに行くのに片道1時間も2時間もかかるのが当たり前になってくるわけです。
 なぜこんなことを申し上げるかといいますと、日本の社会構造の1番基本である家族という問題が本当に変わってしまったということなんです。それが善かれ、悪しかれ、それまでお寺や信仰を伝えてきた1番の基本の家族というものが変わってきたというふうに見ることができると思うんです。
 今回私は端的に申しまして、浄土真宗の信仰というのはどういうふうに味わうべきだろうかということを申し上げたいと思っております。家族というものの姿、そして家族というものを通して信仰というものがどのように伝えられてきたのかということを、少し具体的にお話しさせて頂こうと思っているわけでございます。

法然聖人

 その前に法義としまして、少しお話をしなければならないでしょう。浄土真宗の信心というのは我々は抽象的に考えるのではなく、やはり浄土三部経に書かれた信心というものを基本に考えていかねばなりません。
 私は、こちらにとってもご縁の深い行信教校というところで教壇に立たせて頂いているんですが、親鸞聖人の書かれた和語の御聖教をずっと読ませていただいております。最近は法然聖人の御聖教を読ませていただいているんですが、ここのところ法然聖人のことばが大好きになりまして、いろんなところで法然聖人のお話をさせてもらうんです。
 ところが、専門家であるはずの我々僧侶の上でも少し誤解されてることが多いんです。一昨年、同じ大阪の報恩講に招かれまして、その時読んでいた法然聖人のことばを二日間、お話をさせていただきました。お寺によったら寺族のものは、なかなか本堂に座ってお聴聞できませんので、庫裏の方までスピーカーが届いていることがよくあるんです。そこの寺もちょうどそうでした。2日間の法座が終わりまして、お座敷で座っていましたら、今度は逆に本堂の声は聞こえてくるんです。そうすると、ご住職が最後のご挨拶をなさっている声が聞こえてまいりました。そのご挨拶を聞いて少し苦笑してしまったのですが、ご住職はちょっとご不満だったらしいんです。「今回は2日間とも法然聖人のお話を聞かせていただきました。2日目の最後にやっと親鸞聖人のお話が出てまいりました。うちは浄土真宗のお寺でございます。浄土宗に転派する気はございません。当然、浄土真宗で行きますので誤解をなさらないでください。」とおっしゃるんです。なかなか難しいものだなあと思いました。皆様の上にも、多少あると思うんです。中学生くらいの歴史の教科書で言いますと、浄土宗は法然聖人、浄土真宗は親鸞聖人と書いてあります。そうしますと法然聖人は浄土宗、親鸞聖人は浄土真宗だという通念が知らないうちについてしまうんです。それで法然聖人のお話をすれば、浄土宗のお話になり、親鸞聖人のお話をすれば、初めて浄土真宗になるという先入観が知らず知らずのうちに私どもの上に出来上がってきたんだろうと思います。
 実はそう簡単なことではなくて、親鸞聖人のことを専門に学ぶのにとっても大きな視線が抜けているんじゃないかと思うのでございます。ご承知のように親鸞聖人は最晩年まで法然聖人のことをずっと慕い続けておられます。法然聖人の「義なきを義とす」という言葉も使っておられます。「義なきを義とす」というのは端的に申しましたら、「何もはからわない、あれ、これつけ加えをしないというのが教えであるよ」というほどの意味でしょう。一切、自力の計らいというものを加えたらいけないというのが法然聖人のことばでしたよということを、親鸞聖人は度々おっしゃっています。法然聖人のおことばを私はお聞きして、このおことばによってずっと私は歩んでまいりました。ほかの方のことばは一切私には必要ありませんとまで言い切っていかれるんです。
 そうすると、法然聖人の教えということをいかに自分が味わっているかということが、親鸞聖人のご一生であったはずです。そういうことは浄土真宗を専門に学ぶものもよく言うのですが、いざ教義となれば法然聖人のことばが抜けてしまう。おそらく宗派としての浄土真宗というのが別々に成立し、その違いというところを見ていくことがかりに目が行ってしまって、親鸞聖人が法然聖人のどういう言葉を受けて生涯、味わいを語っていかれたかという視点が欠落してしまったんだろうと思うのでございます。

浄土真宗はなんもしなくてもよいというのは間違い

 法然聖人には大変面白いお言葉が多くございます。そして、一つだけ難しいことを言いますけれども、同じ信心と申しましても、法然聖人の場合は、観無量寿経というお経によって語っていかれます。観無量寿経に説かれた信心というのは何かというと、三心という言葉が出ております。至誠心・深心・廻向発願心、このような言葉を使われておられます。法然聖人のお言葉というのは徹底して、この三心によって教えを説いていかれます。法然聖人ご自身は親鸞聖人が真実の教えといわれた無量寿経の信心ということはほとんど語られないわけです。三心のことで法然聖人は非常に詳しく言われる一面もありますけれども、また、このような言い方もされておられます。「何も言葉も難しい道理も知らないものであっても、仏さまの言葉を聞いてお念仏しておるものには自然と、三心は備わっているんだよ。」とおっしゃるんです。これが有難いことです。三心ということを一切知らないものあっても、素直に本願を喜んでお念仏するところには三心はそなわっているんだよとおっしゃるわけです。もう一面は三心の心を詳しく解説されています。親鸞聖人の場合は信心というものを徹底して本願の上で語っていかれます。
 法然聖人がこの三心という言葉によって示していかれたことは、あくまで信心の行者がどのような生活をすべきかということを主に語っていかれただろうと思うわけです。信心というのは抽象的なものでもなければ心の問題というわけでもないわけです。私たちの日常の生活そのものの上に反映し、生きてくるものでなければ本当に宗教でも、信心でもないはずです。ですからそういったことを語られる面では法然聖人はつねに具体的な心のありようというものに立って語っていかれたんだろうと思うわけです。
 一方、親鸞聖人が本願の上で語られた信心というのは、あくまでも他力の法義、救いの法というもの、成立根拠を究明していかれたのが親鸞聖人でした。だから私は三心という言葉さえも知らなくても、素直にお念仏をする者のところには、自然に三心がそなわっているんだよといわれた、その根拠ということを考えていかれたのが親鸞聖人だったんじゃないかと思うんです。そうしますと法然聖人と親鸞聖人というのは、昔読んだ「出家とその弟子」を書かれた倉田百三という作家が「法然聖人と親鸞聖人は、二人でひとりの人格だ」とおっしゃった言葉は素晴らしい名言だったと思うんです。念仏一行専修という、仏教の上ではとんでもない破天荒な主張をされた法然聖人、そして、その内容を明らかにしていかれた親鸞聖人、そのおふたかたが一緒になって私たちに、今お念仏を進めていてくださる。そのように考えたら有難いわけです。
 今から一つとりあげて、法然聖人のこの至誠心ということについて紹介を申し上げていきたいと思うわけです。法然聖人が具体的な信心を語られるのに1番量的に多いのは至誠心という言葉です。至誠心というのは、端的に言いますと、「至は信なり、誠は実なり」とおっしゃいます。つまり真実心ということです。「しじょうしん」と発音いたします。至誠心というのは要するに真実心ということであるんだよとおっしゃいます。そして真実ということがどういうことかということを、いろんな場面で語られるんですが、今日はこのようなお話を取り上げさせていただきましょう。七箇条起請文という御文です。これはちょうど法然聖人が流罪になられる三年ほど前、法然教団に対して様々なところから非難の声が高まっていたようでございます。それに対し門弟に対して出されたのが七箇制誡といわれます。比叡山に出された浄土真宗の立場の宣言が七箇条起請文という御文です。その中に至誠心のことをおっしゃられるんですが、このようにおっしゃいます。

至といふは真なり、誠といふは実なり。ただ真実心を至誠心と善導はおほせられたるなり。真実といふはもろもろの虚仮のこことのなきをいふなり

真実はひっくり返すと虚仮ですから、虚仮の心がないありようのことです。親鸞聖人も「虚仮を離れて」というように虚仮の反対概念として真実という言葉を使います。虚仮を離れるということは特別な宗教でなくても、私たちは真実心をもって生きたほうがよろしいですね。ただし、どのような心が真実心であるかというと難しい問題です。何か、私の心を真実にしていかなければいけない、私の心を完全に美しいものにしていかなければいけない、そのようにとらえられしまうと問題ですけども、私たちの心は、もともとが凡夫だから、煩悩が起こって「それはどうでもいいんだ」というのは宗教以前じゃないでしょうか。浄土真宗の考え方が少し違ってきたのではないかと思うんです。もともと従来の浄土真宗は、念仏者達はものすごく厳しい、日常生活の姿勢というものを持っていらっしゃったんです。ここからは比較的近い五箇山に赤尾の道宗という蓮如上人時代の妙好人がおられました。今でこそ便利に車で行くことができますが昔は雪が深い所で冬の間は外界の交通が遮断されるような山の中だったわけです。おそらく道宗の住んでおられたところも、近いところがあったと思うんです。そうすると道宗は薪を並べて、その上に寝ておられる姿が今でもあそこにあります。いわゆる臥薪嘗胆です。時折はそれほど厳しくなければ、蓮如さまの恩ということについつい甘えてしまう。蓮如さまのご恩を忘れてしまうような自分だからこのようにしなければならないんだと言って薪の上に寝ていらっしゃったんです。そのような逸話が残されています。それは浄土真宗の念仏者というのは何もしなくてもいいとか、浄土真宗は優しい宗教だと簡単に言う人は、失礼ですけれども、浄土真宗のことが何もわかっていないんです。私は浄土真宗ほど厳しい宗教というのはないと思います。ただし厳しさは堅苦しい厳しさではないです。常に本願に照らされてあった自分が、本願に背くような生き方しかできない。なんと恥ずかしいことだろうかという厳しさです。強制される厳しさじゃないんです。あくまでも本願を聞くことによって自分の内面から出てくる厳しさというのが浄土真宗の門徒の姿だと思うんです。それが浄土真宗の道徳の源泉だと考えます。道徳は世間の教えであって、宗教はもっと違うと私自身も考えていましたけれども、蓮如上人や法然聖人の言葉を読ませていただくと私もその考えを修正しなければいけないと思います。浄土真宗には浄土真宗の信仰、内面から滲み出てくる道徳というものがなければ宗教としての意味がなくなってしまうのではないでしょうか。