姉の子真弘が二歳の頃、「いや!」という否定のことばをよく使う時期がありました。ある日、爪切りを床に投げて、母親の「片付けなさい」という言葉に対して知らん顔をしました。くり返し「自分でやったことは自分で片付けなさい」と母親は言います。それでも「片付けない!」と言い返します。何度か繰り返しているのを見かねて「片付けんかったらお蔵に連れていくぞ」と言ってみました。お蔵は、うちの一番隅にあって、古めかしいたたずまいに重々しい三重の扉がある部屋で、私も子供の頃何度もそこへ入れられた記憶があります。その怖さは真弘も知っていて、一瞬顔がこわばります。それでもいっこうに片付けようとしません。しびれを切らして真弘を抱えお蔵へ連れて行こうとすると、急に泣き出しました。お蔵が近づくにつれて泣き声も大きくなり、いよいよ到着し泣きじゃくる真弘を入れ、素早く扉を閉じました。真っ暗の部屋の中、恐怖が増したのか、泣き声も切り裂くような声になります。少ししてから自力で一枚目の扉をガラガラッと開けました。でもそこにはまだ次の扉があります。泣き声にならないほどの叫び声が聞こえてきます。とても胸が痛くなりました。親はこんなにつらい想いに堪えてまで子を育てようとしていたのかと、親の願いの一端を知らされます。
阿弥陀仏は私のことを一人子のように願われ「お前をお前のままで抱きとって、決して見捨てない」と言いながら、仏さまが泣いている姿が思い浮かんできました。
雪山俊隆(寺報128号)