投稿者「zengyou」のアーカイブ

春の行事中止のお知らせ

花まつりマルシェ
コロナウィルスの影響を受けて、3月中に広報ならびに初参式・七五三の募集が困難となり、4月以降の状況も見通しが立たないため、とても残念ですが今年の開催は断念することになりました。代わりにはなりませんが、8月15日のこども盆踊り、来年の花まつりマルシェをパワーアップしてお送りできるようにがんばりますのでよろしくお願いします。

ほっこり法座
3月16日と4月1日を中止します。4月16日の日帰り寺めぐりは変更して、11:00よりおつとめ(正信偈)と法話を行い11:40頃に短縮して行います。5月以降については流動的になると思いますが、こちらでもお知らせします。

行信講座
5月28日決定
4月の予定でしたが5/28に延期になりました。

ほっこり法座(2~4月)

仏さまのお話と、お寺のごはんを味わって、ココロとカラダのデトックス。ほっこり法座シーズン6のお知らせです。どなたも心よりお待ちしております。

参加費:1,000円(3/1と4/16は別料金です)
持ちもの:じゅず(貸出しも可能)
服装:自由

<時間割>
10:30 受付
11:00 おつとめ
11:10 法話
12:00 お寺ごはん
12:40 ティータイム(自由参加)
※ 3/1と4/16は異なる時間割です。

お申し込みはこちらからどうぞ。3/1のマイ経本づくりと4/16の寺めぐりは定員に達し次第締め切ります。参加希望の方はお早めにお申し込み下さい。

2月1日(土)11:00~12:30
ブッダの生涯
講師:雪山俊隆(善巧寺)
参加費:1,000円
ブッダ=お釈迦さまはどんな人生を歩まれたのか。いちから順にその足跡を辿っていきます。



2月16日(日)11:00~12:30
ゼロから味わう仏教
講師:日下賢裕(石川・恩栄寺)
参加費:1,000円
仏教ってそもそもどんな教え?専門用語を丁寧に解説し仏教を基礎から学ぶ講座です。



3月1日(日)11:00~15:00
マイ経本づくり ~写経と和綴じ~
講師:堀麻由美(富山市・豆本堂)
参加費:2,000円
昨年大好評の写経と和綴じワークショップ。和綴じは表紙に友禅和紙、カラフルな糸でお好きな組合せで作ることができます。


中止 3月16日(月)11:00~12:30
神さま仏さま
講師:西塔公崇(富山市・金乗坊)
参加費:1,000円
神さま?仏さま?その違いは?素朴な疑問から浄土真宗の教えに触れる法話です。




中止 4月1日(水)11:00~14:00
仏さまは私の師
講師:瀧本圭先生(八尾・祐教寺)
参加費:1,000円
「波乗り坊主」ことプロ級のサーファーでもある僧侶。仏教の波をどう乗り切るのかこうご期待?!




4月16日(木)11:00~15:00
日帰り寺めぐり ~勝興寺の魅力に迫る~
参加費:3,000~4,000円
蓮如上人創建の北陸最大級の寺院「勝興寺」へ参拝します。今回は特別に書院で昼食となり、数々の法物を拝観予定です。棟方志功ゆかりの善興寺へも参拝するコースです。
10:00集合・出発-11:00善興寺-12:00勝興寺・昼食・拝観-15:00帰着

チャンネル説法

昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。末尾には、著者本人による録音音声があります。


現代は情報過多の時代である、といういい古されたことばがあります。テレビ、新聞、ラジオ、週刊誌、雑誌…どれをとっても情報満載で、わたしたちが知りたいことや知りたくないことまで、すべてわかる仕組みになっているという。しかし、本当にそうなんでしょうか。ある学者がこんなことをいっています。
「現代は情報不足の時代である。人間がいかに生きるかという情報に欠けている。わたしがどう生きるかという情報を与えてくれる場がない」
と。

なるほど、そういわれればそうですね。テレビのチャンネルを回してみると、地球の裏側の出来ごとまでわかりはするけれど、では、いったい、このわたしはいかに生きるべきなのか、ということはあまり語りかけてくれない。もっとも、テレビとはギリシャ語で「遠く」の意味で、ビジョンは「見る」。つまり遠くのものを近くでみるだけで、テレビの使命はこと足れりなのかもしれませんが…。

でもね、そんなテレビの番組の中にも、ときどき、キラリと光るものはあるものです。最近、わたしが感動したのは「母と子のスキー教室」という番組でした。1メートルも滑れない親子が、先生の指導で日一日と上達してゆく。その姿を見せながら、あなたもどうぞ…とやるのだが、そのとき、岸英三という先生がおっしゃったことばに、わたしは思わずヒザを打ちました。
「あのね、みなさん、スキーというのはね、ちゃんと、まっすぐ滑るものなんですよ。ただ、それを人間が曲げてしまうんだ。板にさからわず、おとなしく乗っていなさい」

いかがですか?たとえスキーがうまくならなくても、このひとことで、わたしはあの番組は大成功だと思う。だって、この先生はスキーのことじゃなく、人間いかに生きるべきかをわたしたちに語りかけてくれたんだもの。「あのね、みなさん、世の中というものはねm、ありのままに動いているものなんですよ。ただ、それを人間が、わがままにしようとしているだけなんだ。自分の人生にさからわず、心を広くもって、それを受けとめてごらんなさい」——お釈迦様の時代なら、このひとことでパッと悟りをひらく人が何人もいたでしょうに…。

こんなテレビを見て、とてもうれしい気分になりながら、雪の中を、門徒の家にお参りに行きますと、その帰りぎわ、そこのおばあちゃんが、表に出てゆくわたしの背中にむかって、
「おしずかに やわやわと…」
といってくれました。「やわやわと…」いいことばですね。雪道というのは、それこそ人間の煩悩と同じで、積もれば積もるほど道がなくなるものなんです。そこで、わたしの住む宇奈月の方では、大通りに出るまでの道を、家の人が踏みかためておくのです。やわやわと…というのは、その雪道を歩くときに力を入れずに、ソッとお歩きなさいませよ、ということばなんです。

雪国でないとこれはわからないでしょうけど、とにかく力を入れてグッと踏むと、ゴボッとヒザまで沈んでしまう。人の踏みかためた道ですらそうですから、右へそれれば腰まで落ち込み、左へ踏み込むと長ぐつから着物の中まで雪でグショグショです。だから、やわやわと…なんです。

わたしたちの人生も、また、この雪道と同じようなものですね。この世に生をうけて、せめて一つぐらいは…と、若いときはとかく力がはいります。これぞ男の生きる道…とか、なんとかいって、グッとふんばると、ゴボッ。右へ寄れば道なくて沈み、左へ傾けばまたしかり。シャクなことかもしれないけれど、まずは長い間かかって先人が踏みかためてくれた道を、静かに、踏みしめ、かみしめ、やわやわと…。表は冷たい雪が積もっていましたが、わたしの心は、またまた、ポカポカと暖かくなりました。


雪山隆弘
昭和15年生まれ。大阪・高槻市の利井常見寺の次男として生まれ、幼い時から演劇に熱中。昭和38年早稲田大学文学部演劇専修を卒業後、転じてサンケイ新聞の記者、夕刊フジの創刊メンバーに加わりジャーナリスト生活10年。されに転じて、昭和48年に僧侶(浄土真宗本願寺派)の資格を取得し翌年行信教校に学び、続いて伝道院。同年より本願寺布教使として教化活動に専念する。善巧寺では、児童劇団「雪ん子劇団」をはじめ永六輔氏を招いての「野休み落語会」など文化活動を積極的に行う。平成2年門徒会館・鐘楼建設、同年往生。

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所信表明 2020

明けましておめでとうございます。
正月の善巧寺は、1日深夜0時の除夜の鐘にはじまり、午前6時から朝のおつとめ(修正会)、午前8時~午後3時頃まで「年頭参り」を行っています。

「年頭参り」とは、名前のとおり新年を迎えるにあたって初めてのお寺参りをすることです。通常の法要と異なり、決まった時間におつとめがあるわけではなく、それぞれの来やすい時間にお寺へ訪れ、本堂で手を合わせてから座敷へ移動してあいさつを交わす伝統的な行事です。各ご家庭や地域で伝承されてきた行事のため、お寺からは特に案内はしていません。その伝承が途切れつつある昨今、年々人の数は減っており現在は平成初期の半数ほどになりました。これは、年中行事の法要も同様で、世代交代がされないまま高齢化と過疎化が進行したため、必然的に減少傾向にあります。

数十年前からお寺の中では「お参りの数が減った」と口ぐせのように言われており、地域行事の中でも同じような状況にあります。人に来てもらうための努力や熱心なお誘いがない行事が衰退していくのは当たり前のことですが、現状維持のままで参加者に恵まれていた時代が長過ぎたゆえの嘆きの声です。一般の企業でも、自社の精魂込めた商品を必死に売るために「営業」や「広報」にかなりのウェイトを割いているように、お寺も同様に一般的な「当たり前」のことをしっかりとやらねばなりません。思えば、新規で起こしてきた行事は、いずれも必死に広報してきました。その際、原動力は内部の熱です。「ひとりでも多くの人に来て欲しい!聞いて欲しい!」という熱が行事を作ります。その視点から見た場合、現在のお寺はその熱が足りないと言わざるえません。義務的に協力してくださる方々は間違いなく善巧寺の支えになっていますが、そこに喜びがなければ広がりは生まれないでしょう。

一昨年から伝統行事の「お講」をリニューアルして再スタートした「ほっこり法座」は、法話を聞くことに重点を置いて、門徒や地域の有無を問わず、出来る限り広くに声を上げるように切り替えました。こちらも長く広報されていなかった定例行事です。まだ軌道に乗ったとは言い切れませんが、一歩手前までは来ていると実感しています。それに対して、年中行事の法要は、これまで門徒さんだけを頼りに踏ん張ってきましたが、今年からその方向性を変えていこうと思っています。

家庭や地域の伝承が途絶えた今、有縁の人びとを対象に、どなたも入りやすい環境を整えて声を上げていきます。その中にはもちろん、門徒さんも地域の方も真ん中にいます。今年は宗祖・親鸞聖人のご法事「報恩講(ほうおんこう)」の改革を目指します。浄土真宗寺院の根幹にあたる行事です。

いろいろと遠回りしましたが、その経験を糧に本丸に入っていきます。つきましては、ご縁のある方々にはぜひ、善巧寺の転換期にご注目いただきたく、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

善巧寺住職 雪山俊隆

◇ ◇ ◇

寺報新年号を公開しました。
こちらからご覧いただけます。
>> 寺報新年号(PDF)

煩悩はいくつある

昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。末尾には、著者本人による録音音声があります。


ことしもあとわずか――大みそかになると、国民的行事といわれるテレビの歌番組があって、蛍の光の大合唱になり、それが終わると、ゴーンゴーンと除夜の鐘。これも一年のしめくくりと新しい年を迎えるためには、なくてはならない行事です。

わたしの寺では、これを除夜会(じょやえ)といって、午前零時かっきりに撞きはじめるのですが、むかしはこの数を勘定するのが楽しかった。イリ豆を百八つお盆にのせておいて、一つ撞くごとに、ポリっとやった。おいしいもんだから、ポリポリッとやると、数が合わなくなってくるんです。住職は百八つの珠のついた長いじゅずをくりながら、ときどきやってきて、イリ豆を見ながら「オヤ、少し足りないようなナ」。いたずら小僧が2,3人、かげにかくれて、ナンマンダブ、ナンマンダブ…。豆のあとはキャラメルになり、これはどうも終わるころには口の中がねばねば。そして近頃は便利なものが出来て、駅員さんなどが使ったりする数取機というんですか、カチカチと押せば数字がふえてゆく、あれを用意してあるんです。ゴーンでカチ、ゴーンでカチ。

ところが、一昨年のこと、自分で撞くのははじめてという中年の方がこられまして、神妙な顔つきでゴーンとやって、そのあと、
「あのォ、ちょっとうかがいますけど、この除夜の鐘というのは、どうして百八つ撞くんでしょう」
と聞かれる。娘さんに問われて、それは人間の煩悩には百八つあって、それを一つ一つ鐘を撞きながら洗い清めてゆくんだ、と、答えてはみたものの、体験がないからどうも説得力がない。そこで雪の中をやってきたんだといわれる。
「で、どうでした。一つ撞いて、心がすっきりしましたか?」
「いや、それが、あまり緊張しすぎて、どうだったか忘れました」
「では、もう一度、どうぞ」
そこで、順番を待つ列に、もう一度ならんで…ゴーン。
「どうでした?」
「いやあ、とてもとても煩悩が消えるどころか、今度こそ、うまくやろうと思うばかりで…こりゃ百八つじゃ足りませんなあ」
そんなことがあって、わたしの寺では、昨年から、除夜の鐘の数は煩悩の数に合わせて無制限ということにいたしました。

煩悩――悪い心のはたらきのこと。その根本は、欲しいなあというむさぼり「貪」、ハラ立つなあといういかりの「瞋」、しまったなあというおろかしさ「癡」の三つです。この三つが渦巻いて、他人を軽視する「慢」、人をうたがう「疑」、知的迷いの「辺見」「邪見」、勝手気ままの「掉挙(じょうこ)」、自ら恥じる心のない「無慚(むざん)」、他に対して恥じる心の無い「無愧(むぎ)」、プリプリふくれる「忿(ふん)」、罪をかくそうとする「覆」、物を惜しむ「慳(けん)」、ねたみの「嫉」、人を傷つける「害」、うらみの「恨」、へつらいの「諂(てん)」、人をまどわす「誑(おう)」、おごりの「憍(きょう)」、もの忘れの「失念」、誤解の「不正知」、精神を乱す「錯乱」…などなど、人間の煩悩は果てしなくわき起こるものなのであります。

そして、その一つ一つが、悪い心のはたらきだと、わかっているけどやめられない。だから、せめて、大みそかの晩に寺のつり鐘をゴーンとやって、自分の煩悩を洗い流そうなどと考えるのはムシがよすぎるわけで、さっきの中年の方のように、鐘を撞き、あるいは鐘の音を聞きながら、まずはわが身を省みて、あらあら恥ずかしいと、心を痛めるのが先でありましょう。

さて、あすは御用納めの日。自分はこの一年、満足できる仕事をしたのか、どうか、そして、満足できる生き方をしたのか、どうか―—ひとつ静かに反省してみてはいかがでしょう。


雪山隆弘
昭和15年生まれ。大阪・高槻市の利井常見寺の次男として生まれ、幼い時から演劇に熱中。昭和38年早稲田大学文学部演劇専修を卒業後、転じてサンケイ新聞の記者、夕刊フジの創刊メンバーに加わりジャーナリスト生活10年。されに転じて、昭和48年に僧侶(浄土真宗本願寺派)の資格を取得し翌年行信教校に学び、続いて伝道院。同年より本願寺布教使として教化活動に専念する。善巧寺では、児童劇団「雪ん子劇団」をはじめ永六輔氏を招いての「野休み落語会」など文化活動を積極的に行う。平成2年門徒会館・鐘楼建設、同年往生。

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男は富貴

昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。末尾には、著者本人による録音音声があります。


女人に五力あり。一に色力、二に親族力、三に児力、四に田業力、五に自守力―
お釈迦様は、こうおっしゃった。それをやさしくいえば、一に色香、二に家庭、三に子供、四に生活、五に自らを守る力―ということになるわけです。

なるほどなあと思いながら、その増阿含経を読んでいて、早く次が読みたくなった。というのは、私も男だ。男の力、男のよりどころとしているものはいったいいくつぐらいあるのか、知りたいですよ。そこで、いそいで次を読んで、ガックリ。なんと、男のよりどころは、たった一つなんですよ。

男は「富貴」。お釈迦様、これしかおっしゃってないんです。さっそく辞書を引っぱりました。「富貴=富んで貴いこと。財貨が多く位の高いこと」—ウーム。うなったね。ズバリ。大当り。われわれ男というものは、色気もなく、家庭や子供や生活はすべて女まかせ。そして世に出て、一体になをあくせく…と考えてみたら、結局のところ求めてやまないものは、名誉と利益—これにつきるわけであります。つまり、偉くなりたいの。人の前に立ちたいの。そしてお金もうけて胸を張っていばりたいの。それが男の本性なんですよ。だから、だからですよ、男は選挙に出たがるの。出られない男は出た男のナントカをかりて、大いばりですもうとりたがる。

花柳幻舟さんでしたか、家元廃止運動でがんばってる舞踏家の方。あの方の話を聞いてスゴイと思ったことがあります。前後ははぶきますけど、とにかく、彼女にいろんな男が会いにくるわけですよ。〇〇会社社長とか、〇〇出版社部長とか、〇〇新聞社デスク殿、なんてのが。それで、まず、会うと男は「私はこういうものであります」と名刺を出してあいさつする。社名やら肩書きがズラリとならんだ名刺を受けとった花柳さんはポイ、とその名刺を捨てちゃうんだって、そしてこういうんだって。
「おっちゃん、停年になってからおいでよ。名刺も肩書きもなくなってから男と女として会いましょう」
いいとこ突いてると思うなあ。男の一番弱いとこだよ。だって、男が一生かかって力入れてるとこは、結局その名刺の肩書きと、胸につける大きな花飾りだけなんだよね。

名誉は抜き、金もうけに徹するという人もいますよ。それで大成功した男、日ゼニが何億ところがり込んでくるおじさん、いい年になって、ふと考えたら「富」は十分だが「貴」のほうが足りないことに気がついた。とたんにこの人、ドカッと「富」の方をつぎ込んで、テレビにでては「一日一善!」なんて貴いこといってらっしゃる。いや、あの人が悪いというんじゃないの。男の行きつくところは、あの辺だということをいいたいの。かくいう私も、あなたのご亭主も、スケールは違うけれども、男は「富貴」を求めて生きているんですよ。

こんなところへ、親鸞聖人のことばを出すのはいけないかもしれないけれど、あの親鸞聖人でさえ、このことを認めていらっしゃる。

是非知らず 邪正もわかぬこの身なり
小慈小悲も なき身にて
名利に人師をこのむなり

何が是か非か、何が邪か正かも知らず、さらには母が子にいだく慈悲の心のかけらもないこの私であるにもかかわらず、名誉や利益のために人の前に立ちたがるのは、なんというなげかわしいことであろうか―正直な方だなあと思うんです。、

オヤ、茶飲み話は当たりさわりのないところをよしとするなんていいながら、えらいことになっちゃった。今日はこれでおしまい。ま、奥さん、あなたのご主人、家の中でぐらい、せいぜい威張らせてあげてちょうだいよ。


雪山隆弘
昭和15年生まれ。大阪・高槻市の利井常見寺の次男として生まれ、幼い時から演劇に熱中。昭和38年早稲田大学文学部演劇専修を卒業後、転じてサンケイ新聞の記者、夕刊フジの創刊メンバーに加わりジャーナリスト生活10年。されに転じて、昭和48年に僧侶(浄土真宗本願寺派)の資格を取得し翌年行信教校に学び、続いて伝道院。同年より本願寺布教使として教化活動に専念する。善巧寺では、児童劇団「雪ん子劇団」をはじめ永六輔氏を招いての「野休み落語会」など文化活動を積極的に行う。平成2年門徒会館・鐘楼建設、同年往生。

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2019 善巧寺5大ニュース

2019年の終わりが近づいてきました。
今年を振り返って善巧寺の5大ニュースをまとめました。
ダイジェスト版としてご覧ください。

1、釈迦十大弟子とジャータカ物語-オテラ・ザ・エキシビジョン 2nd-
仏教×アートの企画「オテラ・ザ・エキシビジョン」の2回目が4月に行われました。 今回は3名の作家さんに「釈迦十大弟子」と「ジャータカ物語」をテーマに作品制作していただき、3週間ほどの展示期間を設けて展覧会を開催しました。展示会場は、奥座敷やお蔵を活用し、本堂ではレセプションや北インド古典音楽のスペシャルライブ、土日にはお寺カフェを開いて、善巧寺のすべてのハードを活かした企画です。

2、空華一泊聞法
行信講座「正信偈に学ぶ」の10回目を迎えるにあたって、空華忌(くうげき)と合わせて2日間の1泊聞法を企画しました。関西や関東からの参加者もおられて宿泊者は20名ほど、2日間の参拝者はのべ120名になりました。

3、ほっこり法座、軌道に乗る
2018年、伝統行事「お講」の再興をかけてリニューアルした定例行事。29回を終えて参加者名簿は154名になり、平均人数は20~30名ほどが定着してきました。今年ラストの12/16は50人の参加者で大盛況でした。食事担当の浦山地区は、従来の料理にとらわれず、ネパール出身者のカマラさんが中心となりネパール精進カレーがふるまわれました。

4、花まつりマルシェ
従来の花まつりに、マルシェを合わせて行うようになって4年目。初参式と七五三の受式者は合わせて20組を超えマルシェも大盛況でした。年々、認知度もあがり来場者数が増えています。
>> 花まつりレポートはこちら


5、善巧寺会館、緊急修復
会館の床から虫が湧いてきたことをキッカケに原因を探ったところ、雨どいと外壁の老朽化が進んでいたため、今年度の営繕予定を先送りして、緊急で修復しました。

番外編
・善巧寺の土台を支える総代会では、中坂岩雄さん(三日市)が総代長(責任役員)に就任しました。総務部長は澤木繁夫さん(下立愛本)、営繕部長は澤田正さん(浦山)、教化部長は鬼原猛さん(浦山新)です。
・赤ちゃんの100日参りがありました。お参りは法事や葬儀が中心ですが、このような喜びのお参りもとてもありがたかったです。
・ 黒部市の姉妹都市、アメリカのジョージア州メイコンより、高校生たちが日本の文化に触れるというテーマでお寺体験に来てくれました。貴重な異文化交流となりました。
・お茶の間説法の音声とテキストを公開。年明けに一区切りになります。その後の予定は未定ですが、できれば音声法話を提供していきたいと考えています。

まとめ
今年は、お寺の要である「教え」に重点を置いた行事(一泊聞法とほっこり法座)と、華やかな行事(エキシビジョンと花まつりマルシェ)をバランス良く開催出来てとても実りのある年でした。一方で、門徒さん対象の法要は、世代交代が滞り新規の方がほとんどおられない状況で、衰退傾向が止まりません。来年はここにメスを入れていきたいと考えています。

令和2年はどんな年になるでしょうか。
3年目に入るほっこり法座は引き続き力を注ぎ、浄土真宗寺院にとって最も大事な法要「報恩講」の活性化を考えています。また、お墓のない方や継承が困難な方の声を受けて、納骨壇の設置を予定しています。仏教団の花まつりは宿寺にあたりお久しぶりの稚児行列。お寺座ライブも水面下で動き始めました。いろいろなご縁を大事にしながら、エンジンを加速していきたいと思っています。

女のよりどころ

昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。末尾には、著者本人による録音音声があります。


茶飲み話というのは、あまりムズカシクないのがいい。両方が適当にいいたいことをいえるような話題がいい。となると、人のウワサかな、ヤッパリ。自分のことだと真剣になっちゃうものね。
近頃、この茶の間にくる男連中、みんなそれなんですよ。
「なんたって、出足が早かったのはあいつだね。去年の夏ごろから、ちゃあんと手を打っていて、後援会組織もすでに完全なもんだ」「しかし、あの男より、もう1人の男の方がタマはいいと思うんだがね」「だめ、だめ、あの男は、シリが重いよ。ありゃ昔からなんだ。それでいつもドジ踏んでる。バカなんだよ」
なんてやってる。そう。もうすぐ選挙なんですよ。だから候補者のウワサばかり。こんなやりとりを聞いていて、いつもうちの家内が首かしげるんです。
「男の人って、フシギネー。なんで選挙なんかに夢中になるのかしら」
そこで、当方、調べてみたんです。男はどうして選挙に夢中になるのか、ということと、それを女はどうして不思議に思うのかということを。

わかりましたねー。じつによくわかった。お釈迦様はえらいよ、やっぱり。ちゃあんとお経に説いていらっしゃるんだ。増一阿含経というお経なんですがね。その中に、まず、女のよりどころ、女が力を入れるものには、5つあるといってらっしゃる。いいですか。奥さん、あなたが毎日、何に力を入れて生きているのか、ということを、お釈迦様は「5つある」とおっしゃってるんです。当たっているか、どうか、よーく聞いて下さいよ。

女が力を入れているもの―その第一は「色香」だとお釈迦様おっしゃってる。ホントだね。間違いないね。朝目がさめてから、夜寝るまで、これに使う神経とお金、ずいぶんなものですよね。これを抜きにしたら家の2,3軒は建つんじゃないかって思いますよ、男としては。

さて第二は何か。それは「家庭」である、とおっしゃる。そうだね。女が家庭に力を入れなかったら、それこそ家の2,3軒つぶれちゃいますよ。おかげさま、ありがとう、と世の亭主は感謝しなくったいけない。家庭に主婦あればこそ、わが家は成り立っているんですから。

第三は、これもごもっとも。「こども」であります。母あればこそ、子は育つのであります。子供というのは、いくつになっても、母のふところに飛び込みたいものなんです。母親が迎えてくれているからこそ、家に帰ってこれるのです。これに力を入れない母親がいるとしたら、それは女じゃないといってもいいんじゃないですか。

次に四番目―それは「生活」であります。これも女の力の入れどころ。台所は女の城だ。奥さんいなけりゃクツ下もはけない亭主もいます。ヤリクリ上手も奥さんのウデ一つにかかっているんです。よろこばなくちゃいけませんああ、父ちゃんは。

最後の力は「自らを守る力」これも女の力だとお釈迦様はおっしゃってる。そういえば、奥さんをなくされたご主人―これはみじめですよね。どうにもならない。それにひきかえ、ご主人をなくされた奥さん―これは強い。第一の色香は抜きにしても、家庭と子供と生活をリッパに守り抜いていらっしゃる。こんな話をしていたら、こないだ30年前にご主人をなくされたおばさんが「その通りよ。女の一念、岩をも通す。男の一念、トーフも通さん!」とおっしゃった。まいったね。負けましたよ。あら?選挙の話でしたよね。いや、ですから、女性にはこれほどたくさんのよりどころ、力を入れなきゃならないことがあるから、選挙だなんだと、いってるヒマはない。「男って不思議ねー」ということになるのであります。さて、それでは、選挙にうつつを抜かす男のよりどころというのはいったい何でありましょうや。聞いてソンはない。次回をお楽しみに。


雪山隆弘
昭和15年生まれ。大阪・高槻市の利井常見寺の次男として生まれ、幼い時から演劇に熱中。昭和38年早稲田大学文学部演劇専修を卒業後、転じてサンケイ新聞の記者、夕刊フジの創刊メンバーに加わりジャーナリスト生活10年。されに転じて、昭和48年に僧侶(浄土真宗本願寺派)の資格を取得し翌年行信教校に学び、続いて伝道院。同年より本願寺布教使として教化活動に専念する。善巧寺では、児童劇団「雪ん子劇団」をはじめ永六輔氏を招いての「野休み落語会」など文化活動を積極的に行う。平成2年門徒会館・鐘楼建設、同年往生。

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焼きイモの味

昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。末尾には、著者本人による録音音声があります。


この前は、金平糖の話でしたが、今回はひとつ、”焼きイモ”の話でもしましょうか。いえね、私の実家もお寺なんですが、そこの門徒総代さんで、これまで市長さんをやっていた人がいるんです。ぞいぶん長く市長のイスにすわっていられたんだが、とにかくやかましい世の中で、右から左から、ああでもない、こうでもないと突っつきまわされて、とうとう激務に耐えかねて、健康上ということで、仕事をやめられたんです。

さあ、男が仕事をやめるということは、たいへんなことなんです。フーッと空気が抜けちゃうんですな。これまで朝から晩まで電話が鳴りっぱなしだったのが、ピタリと止まる。そして殺人的なスケジュールというのもない。「お迎えにまいりました」という車もない。朝起きて、この元市長さん、することがないんで、困ってしまった。さて、これから一体、どうするか…。

そこでまあ、仕方がないから寺へでも参るか…ということになったんでしょう。ちょくちょく寺へ顔を出されるようになった。しかし、それでもまだまだヒマはある。
(そうだ、これから毎日、孫の顔でも見に行こう)
そう決めた元市長さん、それからは毎日、若夫婦の家へ自転車に乗って遊びにゆくのが日課になった。さあ、およめさんはたいへんだ。おじいちゃんは遊びだが、迎る側はそれなりの心づもりがいるわけです。いままでエライ人だったから、お茶もおいしいのを飲みつけている。お菓子にもチトうるさい。虎屋の羊かん、長崎屋のカステラ、青山の甘なっとう…いろいろと見つくろって、いつも用意していなきゃならない。

チリリン、と自転車の音がする。およめさん、さっとおいしい茶を入れる。お菓子を出す。じいさん、孫とたわむれる…こんな毎日が続いたそうです。ところが、ある日、たまたま、おいしいお茶も、お菓子も切れた。買っておかなきゃと思っていたところへ、チリリンときた。しまった!と思ってももう遅い。
「ごめんなさい、おじいちゃん、今日は何も用意してなくて」
「いや、いいんだよ。孫の顔みたら帰るから」
そんな気まずい会話のあと、しばらくしたら3時になった。こどものおやつの時間です。およめさん、こどもたちのおやつの用意をした。家でとれたサツマイモを焼きイモにして
「さ、こどもたち、おやつですよ」
と、そのとき、フト思った。
「おじいちゃん、こんなものだけど、ひとつ食べてみませんか」
おじいちゃんにとっては久しぶりの焼きイモだ。
「いいだろ」と、番茶で焼きイモほおばった。

この焼きイモが、おじいちゃんの口に合ったかどうかは、明くる朝のおばあちゃんの電話でわかった。
「きのうはおじいちゃんがおいしいものをもらったそうで、ありがとう」
およめさん、ギクリとした。お菓子の用意してなかったので、おばあちゃん皮肉をいってるのかと思った。
「ゴメンナサイ」とあやまった。そしたら「いや、違うのよ、きのう帰ってからおじいちゃん、焼きイモ、うまかった、うまかった。よめが焼きイモ、うまかったって寝るまでいってるの。そんなにおいしかったんなら、わたしもいただこうかと思って…これからいってもいい?」

おばあちゃんもよろこんだ。ホカホカの焼きイモほおばって「まあ、ほんと、おじいちゃんのいう通りだ」。それから毎晩、床についた老夫婦は、「おい、あれ、うまかったのォ」「ホント、あの子らが畠でつくったんですよね。おしかった。」「うまかった。うまかった」とよろこび合ったんですって。そしてそれでもまだ足りず、あんまりうれしくって、その話をまあ聞いて下さいと、寺にまで話しにきてくれた。こういう”味”を、わたしたち忘れてしまっていたのかもしれない。どうです。今日はそれにあやかって、うちでもふかしイモ作ってみたの。おひとついかが?


雪山隆弘
昭和15年生まれ。大阪・高槻市の利井常見寺の次男として生まれ、幼い時から演劇に熱中。昭和38年早稲田大学文学部演劇専修を卒業後、転じてサンケイ新聞の記者、夕刊フジの創刊メンバーに加わりジャーナリスト生活10年。されに転じて、昭和48年に僧侶(浄土真宗本願寺派)の資格を取得し翌年行信教校に学び、続いて伝道院。同年より本願寺布教使として教化活動に専念する。善巧寺では、児童劇団「雪ん子劇団」をはじめ永六輔氏を招いての「野休み落語会」など文化活動を積極的に行う。平成2年門徒会館・鐘楼建設、同年往生。

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お茶の間説法

昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。末尾には、著者本人による録音音声があります。


オヤ、いらっしゃい。さあさ、ここは座敷と違うんだ。むずかしいあいさつは抜きにして、もうちょっと火のそばへお寄りなさいよ。いまちょうど、おいしいお茶でもと思っていたところなの。…で、お元気?そう。いいね、みんな元気で。うん、うちも、ホラ、この通り。健康で、ほがらかなだけがとりえだよ。

エート、何か甘いものは…と。あ、そうそう、金平糖がありました。どうです。ひとつやりませんんか。「えーことことこと、こんぺい糖」っていってね。いや、こどものころ、じいさんがね、茶の間にわたしが顔を出すと、ちょいちょいと手招きしてね。ヒザの上にこいという。で、そこへいくと、「おい、お前、ええ子にしとるか。おじいちゃんは、いつもお前を見ておるぞ」なんていう。わたしがウン!というと、「よーし、それでは一つ、ごほうびをやろう。ええことことこと、こんぺ糖」といって、長火鉢の引き出しから、これを一つとり出してくれたものです。亡くなって33年になるけど、まだこの味が忘れられなくてねえ。

さあ、お茶がはいった。番茶だけど、うまいよ。そうそう、金平糖といえば、わたしが東京で新聞記者をしていたころのこと。ほか、この婦人面で、”あしたのデザイン”を書いてられる森英恵さん、あの方のパーティーに招かれたことがあってね。原宿だったかのブティックが出来たときの開店祝いだったと思うんだが、とにかく2、3人の友だち連れて、行ったのよ。で、お店にはいったら、いろんな人が来ていてね。今宵はシャンパンパーティーだっていうの。うれしくなってね。わたしはいやしいから、さあ、シャンパンと何が出てくるかと楽しみにしていたの。そしたら、森さんと、パリ暮らしの松本弘子さんの2人が、ガラスのボウルに、なんと塩豆と、金平糖を山盛りにしてやってきて、「これ、おいしいわよ、いただかない?」っていうの。おどろいたね。食べるものはそれだけなんだ。ちょっとがっかりしたけど、ポイと一つ口に入れて、ポリポリやりながら、シャンパンをなめながら、お話ししていると、何だか、とっても楽しくなってきてね。そのとき、やっとわかったね。パーティーの主役は出てくる料理でも、お酒でもなく、そこにあつまった人たちのおしゃべりが主役なんだということが。

わたしたち、ずいぶんムダなことしてるんだよね。もてなしといったら、何が何でも、ありったけのものを出さずには気がすまない。とくに田舎は、ちょっとしたもてなしに、三日かかっても始末しきれないほど出てくるものね。森さんの塩豆と金平糖はそういう意味で、忘れられないうれしいもてなしだったなあ。

お茶、おかわりしましょうか。金平糖、もう一つどう?じつはこれ、きのうの日曜学校のおやつのあまりなの。うちでやってる日曜学校には、おやつの時間があるんです。おつとめと、おはなしや紙芝居の間に、おやつを出すんだけど、その時に、この金平糖を2個ずつ出したの。「なーんだ、これっぽっちか」って、こどもたち最初はバカにしたけど、そこでひとことお説教したの。おい、きみたち、たったこれっぽっちとバカにするけど、この金平糖1個をだれが作ったか知ってるか?「お菓子屋さん!」ホー、お菓子屋さんが作ったのか。じゃあ材料は?「お砂糖!」それはどこでだれが作った?そしてこれをつくる機械はだれがつくった?…こなると、もうたいへん。たった1個の金平糖に何千人、何万人という人たちが汗水流しているんだ。そういう人たちのおかげで、いまようやく、わたしたちの口の中を甘くとろかしてくれるんだ。こどもたち、ようやくわかってね。合掌して、よろこんでたべたよ。そして、あとで「おいしかったね」といい合っている。ものの味というものは、お金じゃないんだよね。それに一緒に食べると、おいしさが何倍にもなるんだよね。奥さん、あなたもおひとついかが?


雪山隆弘
昭和15年生まれ。大阪・高槻市の利井常見寺の次男として生まれ、幼い時から演劇に熱中。昭和38年早稲田大学文学部演劇専修を卒業後、転じてサンケイ新聞の記者、夕刊フジの創刊メンバーに加わりジャーナリスト生活10年。されに転じて、昭和48年に僧侶(浄土真宗本願寺派)の資格を取得し翌年行信教校に学び、続いて伝道院。同年より本願寺布教使として教化活動に専念する。善巧寺では、児童劇団「雪ん子劇団」をはじめ永六輔氏を招いての「野休み落語会」など文化活動を積極的に行う。平成2年門徒会館・鐘楼建設、同年往生。

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