あなたのダンナは本当の旦那か?

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昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。末尾には、著者本人による録音音声があります。


ついさっき、会社へ出て行くご主人を、イッテラシャーイ、とにこやかに見送った奥さまに、ちょっと質問。あなたのダンナ様は本当のダンナ様でありましようか?

ということ??と首をかしげていらっしゃるあなたに、もうすこしくわしくおうかがいします。そりゃあ、もちろん、さっき見送った男性は、ウチの人であり、夫であり、亭主であり、宿六であり、ハズであり、カレではある。これは間違いない。ご主人に対する呼び方はいろいろあるわけですから、しっくりとくる名で呼べばいい。しかし、その中で、もし”ダンナ様”ということばを使うとしたら、これはチト問題がある。というのは、この”ダンナ”ということばは、仏教からきたことばなんです。で、仏教本来のダンナという意味は、いったい何か、ということを、これからお話しますから、それを聞いたうえで、もう一度<わたしのダンナは本当のダンナか>と、自分に問いただしてもらいたい。

ダンナということばは、インドのことばでありまして、あちらでは”ダーナ”という。そのダーナが、中国に渡って音訳されて”旦那”となった。それを日本では”旦那様”というふうに使っているわけです。さて、その元のことば、ダーナですが、これを意訳しますと”布施”ということばになります。”布施”―—ご存知でしょう。お布施などといって、坊さんが来たら包むもの、そう思っていらっしゃる方、多いんじゃないかしら、ところが、あれは、坊さんがお経を読んだときの出演料ではないんですよ。じつはこれ、仏道を歩むものにとっての大事な行の一つなんです。どんな行かというと、施すという行、こだわりを捨てて、すべてを与えてゆくという行なんです。そして、この行は、彼岸(さとりの世界)へ至るための第一歩とされているのです。

わたしたちには、あらゆる執着がある。こだわりがある。それをすべて捨て去ってゆくとき、真実なるものが見えてくる、とでもいいましょうか、とにかく、インドの修行僧はこの布施行をやったわけです。

こんな話があります。布施の行をしていたある仏弟子が、街頭で乞食と出会う。乞食は「そなたの目は本当に美しい。その目を一つわたしにくれぬか」という。仏弟子は、こだわりを捨て、自分の目を乞食に与える。受け取った乞食は舌打ちした。「なんだ、そなたの顔についているときは美しかったが、いまは血みどろの汚れもの」そういいって足でそれを踏みにじる。仏弟子はそのとき、心の中で<しまった。こんな男に、やらなければよかった>と思った。—もうこれで布施の行はダメなわけです。仏弟子の心には、美しい目を与えれば、相手がどれほどよろこんでくれるだろうか、という代償を求める心があったのですから。

ある高僧のことばに「よいことをしたときは、なるべく早く忘れなさい。それも布施の行ですよ」「問われたことには、正直に答えなさい。それも布施の行ですよ」というのがあります。わたしたちは、とてもじゃないが、そうはいかない。よいことをしたら一生忘れない。それを自慢のタネにする。問われたことには本心を出して答えることがない。こよみの上ではきょうは彼岸の入りだけれど、本当の彼岸は遠い遠いあちら側、という感じです。

さて、ダンナ様―—本来の意味からすると、代償を求めずに、こだわりを捨てて何でも施してくれる人、ということになります。そこで、はじめの質問にもどって、うちのダンナ様は、本当のダンナ様かしら?
「オレがこれだけ働いてきてやっているんだから、せめて、これぐらいのことしたっていいだろう」
「あら、なによ。うちでひとりで、るす番しているわたしの身にもなってちょうだいよ」
われわれは、こうして常に代償を求めて、こだわりの世界の中で生きている。本当のダンナ様なんて、いないみたいですね。


雪山隆弘
昭和15年生まれ。大阪・高槻市の利井常見寺の次男として生まれ、幼い時から演劇に熱中。昭和38年早稲田大学文学部演劇専修を卒業後、転じてサンケイ新聞の記者、夕刊フジの創刊メンバーに加わりジャーナリスト生活10年。されに転じて、昭和48年に僧侶(浄土真宗本願寺派)の資格を取得し翌年行信教校に学び、続いて伝道院。同年より本願寺布教使として教化活動に専念する。善巧寺では、児童劇団「雪ん子劇団」をはじめ永六輔氏を招いての「野休み落語会」など文化活動を積極的に行う。平成2年門徒会館・鐘楼建設、同年往生。

<-目次-「お茶の間説法」>
お目覚め説法
いい天気ってどんな空?
カガミよかがみよ鏡サン
心のファウンデーション
決めた!はヤメタのはじまり
だいどこ説法
スプーンはおいしさを知らない
ひとりいきいき
いただきます、してますか?
おかげさま?おカネさま?
るす番説法
あなたのダンナは本当の旦那か?
ベルの音いろいろ
長屋とマンション
ひとりよりもふたり
いどばた説法
浜美枝さん
六道はいずこに
この世はあなたのままになるか
天上界は二分半
ようこそ、ようこそ
居直るか、痛みを感じるか
千々に乱れてグチばかり
生きがいと死にがい
名CMその後
ストーブで心は暖まらない
ハウツー説法
お布施は出演料じゃない
焼香は何のために
仏だんの意義
ありがとう、さようなら
お茶の間説法
焼きイモの味
女のよりどころ
男は富貴
煩悩はいくつある
チャンネル説法