ひとりよりもふたり

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昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。末尾には、著者本人による録音音声があります。


ひとりより、ふたり
これをこれを わすれたもうな

――サトウハチローさんのことばに、こんなのがありました。いいことばですね。とてもあたたかい。心の通い合った家族、そしてお友達、1人より2人、2人より3人、たくさんいれば、それだけよろこびがふくらみます。

ところで、これと対照的なことばに、こんなのがあります。

独生 独死 独去 独来

お経の文句ですが、世の中をありのままにみると、人間は、ひとり生まれ、ひとり死に、ひとり来たりて、ひとり去ってゆく、ということであります。ひとりぼっちで、おるす番のあなたには、さびしすぎる話かもしれませんが、大切なことなので、もう少し続けることにいたします。要するに、わたしたちは、生まれてから死ぬまで、たったひとりなのですが、そのたったひとりのわたしが、生きている証しを求めて、だれかと、何かと関わり合ってゆく――

これが存在すれば あれも存在する
これが生ずれば あれも生ずる
これが存在しなければ あれも存在しない
これが滅すれば あれも滅する

このように、お互いに関わり合い、存在しあって存在しているという関係が、仏教の根本思想である「縁起」というものの考え方なのです。縁起というのは祝ったり、かついだりするものではありません。すべては縁によって起こるということなのです。で、こういう考え方の上にたってみると、奥さんがいま、奥さんと呼ばれるようになったのも、あなたが1人で奥さんになったのではない。それこそ、縁談というものがあって、ご主人ができたから、奥さんと呼ばれるようになった。ということは、夫がいて、はじめて妻という名がついたのだから、夫婦は同い年ということですよね。結婚式の日が、つまりは夫婦の誕生日なんだ。

さらにいえば、あなたが、お母さんと呼ばれるようになったのは、お子さんが生まれたおかげでしょう。こどものないお母さんというのは、ありえないんですから。すると、親と子というものも同い年ですね。わたしたちは、こうしてまたとない縁によって、ふれ合いの輪を広げ、そしてみんな同い年の仲間になってゆく…とてもすばらしいことだと思うんです。ひとりよりもふたり、本当にこれは忘れたくないですね。生きている証しなのだから。

しかし、しかしです。経典にはまた、こんなことが書いてある。

「愛別離苦(あいべつりく)」

世の中は、自分の思うままにならないもので、縁によって結ばれた愛しい人たちとは、いつまでも一緒にいたい、同い年のままでいたいと思ってみても、必ず別れなくてはならない、それが世の中だというのです。とてもつらい、さびしいことだけれど、これも事実です。ひとりよりもふたり、といっていても、そのぬくもりはすぐにさめてしまい、結局、またわたしたちは、ひとりぼっちになってしまう。

そこで、わたしたちは、はじめて気付くんですね。ひとりよりふたりではなく、ひとりでもふたりと思える何かがないものか、と。じつはこれが宗教の出発点というものでありましょう。たったひとりで生まれて生きて、老いて、病気して、死んでゆくわたしたちが永遠に変わらない心の支え、ひとりでもふたりだと思える心のよりどころを求める――それが宗教というものを主観的にとらえた、本来の姿だとわたしは思うんです。

さて、そろそろ時間です。ご縁があったらまた来週――。


雪山隆弘
昭和15年生まれ。大阪・高槻市の利井常見寺の次男として生まれ、幼い時から演劇に熱中。昭和38年早稲田大学文学部演劇専修を卒業後、転じてサンケイ新聞の記者、夕刊フジの創刊メンバーに加わりジャーナリスト生活10年。されに転じて、昭和48年に僧侶(浄土真宗本願寺派)の資格を取得し翌年行信教校に学び、続いて伝道院。同年より本願寺布教使として教化活動に専念する。善巧寺では、児童劇団「雪ん子劇団」をはじめ永六輔氏を招いての「野休み落語会」など文化活動を積極的に行う。平成2年門徒会館・鐘楼建設、同年往生。

<-目次-「お茶の間説法」>
お目覚め説法
いい天気ってどんな空?
カガミよかがみよ鏡サン
心のファウンデーション
決めた!はヤメタのはじまり
だいどこ説法
スプーンはおいしさを知らない
ひとりいきいき
いただきます、してますか?
おかげさま?おカネさま?
るす番説法
あなたのダンナは本当の旦那か?
ベルの音いろいろ
長屋とマンション
ひとりよりもふたり
いどばた説法
浜美枝さん
六道はいずこに
この世はあなたのままになるか
天上界は二分半
ようこそ、ようこそ
居直るか、痛みを感じるか
千々に乱れてグチばかり
生きがいと死にがい
名CMその後
ストーブで心は暖まらない
ハウツー説法
お布施は出演料じゃない
焼香は何のために
仏だんの意義
ありがとう、さようなら
お茶の間説法
焼きイモの味
女のよりどころ
男は富貴
煩悩はいくつある
チャンネル説法