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昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。末尾には、著者本人による録音音声があります。
夏の朝がゆというのは、なかなかいいものですね。暑さをふっ飛ばす、とまではゆかないけれど、なにか、こう、凛とした気持ちになるものです。先日、寺で早朝法座というのを開いたとき、参拝の方にこれを出したんです。
「久しぶりだなあ、おかゆなんて。昔はよく食べたのんだが…」というお年寄りから、朝はパン食と決めている若い人たちにまで、おかわりが出るほどの好評でした。
香のものは、一夜漬けのナスとウメボシ、それに、春の山で採っておいたウドの塩漬けを少々。キュッと歯ごたえのある色あざやかなナス…。口にふくんだとたんに春の香りがよみがえるウドは、とりわけよろこばれたようでした。で、普通ならよろこばれただけで終わるのですが、坊さんのわたしは、どうも終わらない。ひとことお説教をせずにおれなくなった。
さあ、みなさん、食べる前にちょっと聞いていただきたい。いま、あなた方の目の前にあるウドですがね。これ、漢字で書くとどうなるかご存知ですか。「独活」こう書くんです。”独り活き活き”ということでしょうか。ものの本によりますと、”この草、風吹けども揺れず。風吹かざれども自ら揺れ動いて育つ。よって独揺草とな付く”とある。
ずいぶん生命力の強い草で、風が吹いたって揺れないそうです。そして、風が吹かなくても、ひとり揺れながら、グングン伸びてゆく、そんなところから、独揺草という名がついて、これが、独活という字になったのではないか、というんです。
”ひとりいきいき”—いいですね。すばらしい名だ。わたしはこの春、山でそれをたしかめました。日あたりのよい谷間の急斜面のところに、ググっと頭を出したウドは、まさしく”独活”。わたしも、かくありたいと思った。どんな風が吹いても揺れ動くことのない、そんな人間になりたいなあと思った。
ところが、そのとき、また、フト思ったんです。このウドは、ほんとうに”ひとりいきいき”なのだろうか、と。群生地を少し離れるともう一本も見あたらない。ある場所にしかない。ということは、その場所には、ウドを育てるに充分な土壌と、気象、その他あらゆる条件が重なり合っているんです。つまり、ウドは”ひとりいきいき”ではなくて、大地自然の恵みを一身にうけて、太陽に、土に、水に、その他あらゆるものによって育てられているんです。ということは、ウドのスクスクと育っているそのままが、春の活動している姿であり、大地自然の活動相なんですよね。
いかがでしょう。これはウドだけのことではないですね。わたしたちだって、そうなんだ。自分では”ひとりいきいき”でありたい。また、自分は自分ひとりで生きているんだ、と思いたいのですが、どうでしょう。ほんとうにそうなんでしょうか。
わたしたちは、じつは、ひとりでは生きてゆけないのです。この世に生をうけたのは、父や母のおかげ。今朝の食事が口にできるのも、農家の人や商店の人や、いろんな人のおかげ。そして毎日、息をしていられるのは、大地自然のおかげ。洗たく物が乾くのも、お日さまのおかげじゃないですか。それをわたしたちは、ともすると、自分でかせいだお金で、食べて、住んで、着ているのだから、自分一人で十分に生きてゆけるんだ、と思ってしまう。これは勘ちがいですよ。でなきゃ居直りですよ。
おかげを知らないものは犬畜生―ということばがあります。わたしたちは、生きながら、畜生道に落ち込んでいるのかもしれません。さあ、今朝のごはんは、そまつな朝がゆと、香のものだけだけれど、どうか、みなさん、ひとこといっていただきたい。「おかげさまで、いただきます」と。あららッ、説教が長くておかゆ、さめたかナ?
雪山隆弘
昭和15年生まれ。大阪・高槻市の利井常見寺の次男として生まれ、幼い時から演劇に熱中。昭和38年早稲田大学文学部演劇専修を卒業後、転じてサンケイ新聞の記者、夕刊フジの創刊メンバーに加わりジャーナリスト生活10年。されに転じて、昭和48年に僧侶(浄土真宗本願寺派)の資格を取得し翌年行信教校に学び、続いて伝道院。同年より本願寺布教使として教化活動に専念する。善巧寺では、児童劇団「雪ん子劇団」をはじめ永六輔氏を招いての「野休み落語会」など文化活動を積極的に行う。平成2年門徒会館・鐘楼建設、同年往生。
<-目次-「お茶の間説法」>
・お目覚め説法
・いい天気ってどんな空?
・カガミよかがみよ鏡サン
・心のファウンデーション
・決めた!はヤメタのはじまり
・だいどこ説法
・スプーンはおいしさを知らない
・ひとりいきいき
・いただきます、してますか?
・おかげさま?おカネさま?
・るす番説法
・あなたのダンナは本当の旦那か?
・ベルの音いろいろ
・長屋とマンション
・ひとりよりもふたり
・いどばた説法
・浜美枝さん
・六道はいずこに
・この世はあなたのままになるか
・天上界は二分半
・ようこそ、ようこそ
・居直るか、痛みを感じるか
・千々に乱れてグチばかり
・生きがいと死にがい
・名CMその後
・ストーブで心は暖まらない
・ハウツー説法
・お布施は出演料じゃない
・焼香は何のために
・仏だんの意義
・ありがとう、さようなら
・お茶の間説法
・焼きイモの味
・女のよりどころ
・男は富貴
・煩悩はいくつある
・チャンネル説法