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昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。末尾には、著者本人による録音音声があります。
悲しいことは奥歯をかみしめてガマンすることが出来ますが、うれしいことというのはなかなかガマンしにくいものです。ところが、世の中はサカサマで、悲しいこと、人の不幸は聞きたがるが、しあわせな話なんて、まるで聞いてくれません。
わたしの日曜学校で、この夏、こんなことがありました。5,60人のこどもが集まって、楽しく遊んでいたんです。ところが、その中にたった一人、しょんぼりした子がいる。みんなその子をチラッと見るのだが、すぐにソッポを向いてしまう。ヘンだなあと思いながら、じっと観察していました。すると、その子は、わたしの視線に気がついた。とたんにスッと身をすり寄せてきた。どうしたの?と聞いてみた。間髪を入れず、
「センセイ、バーベキューって知ってる?」
ときた。何のことだかわからないけど、とにかく返事をしました。
「うん、知ってるよ」
すると、その子はニコーっと笑って、
「あれ、おいしいだろう」という。
「うん、そうだね、ジュージュー焼いて食べたらおいしいだろうね」と答えた。そしたら、その子は、さっきの3倍ぐらいニコニコーッと笑って
「ぼくねえ、きのう、うちで、みんなで、バーベキューを食べたんだ!おいしかったよォ」と叫んだ。
「よかったなあ」といったら、もうその子は、わたしからその日1日、離れなかった。
サテ、質問。この子は、なぜさっきまで1人ぼっちだったのでしょう。じつは、わたしもはじめはわからなかった。ところが、ふと思い出したんです。日曜学校がはじまる前、寺の境内で、その子がいろんな友達に話しかけている姿をです。あっそうか。この子は、きのうバーベキューを食べたうれしさを、みんなにいいたかったんだ。それで、早くから来て、それを実行したんだ。ところが、どうだろう。こどもはみんな正直で、うらやましい話を聞かされたとたんに、
「フン、あんなもの、ぼくだって食べたけど、おいしくないよ」と、ソッポを向いてしまった。仲間はずれの原因は、きのう食べたバーベキューだったんです。うれしいことって、なかなか人は聞いてくれないものなんですよね。そして、もっとショックなことは、自分だけのよろこびだったものを、人に話したとたんに、そのよろこびが、悲しみに変わってしまうということです。
それでも、こどもはまだいい。あしたになったら、どちらも忘れてしまいますから。ところが、大人はそうはいかない。顔に出さないから始末におえない。
「ねえ、奥さま、わたしんち、こんど娘にねだられてね、とうとうピアノを買わされちゃったの。それもね。安いチャチなのはだめだ。一生使うものなんだから、とびきりいいのっていうんでしょう。困っちゃったわ。ほんとに…」
「あーら、いいじゃないの。娘さんのためなんだから…」
とかなんとかいってるけど、相づちを打った方は、ハラの中でコンチクショーと思ってる。”なによ。わざわざ安物のピアノも買えないわたしに、そんなこといわなくたっていいでしょ。この人、ちょっと神経がおかしいんじゃないかしら。覚えてらっしゃい”ということになる。そして、しばらくすると、ピアノ殺人…とまではいかないまでも、くだんの奥さん、一発バシンとくらうことになるわけです。
わたしのよろこびは、わたしだけのよろこびであって、他人のよろこびにはならないことを、よくよく心得た上で、いどばた会議に出席しないと、そのよろこびは、必ず悲しみに変わってしまいます。お気をつけあそばせ。
雪山隆弘
昭和15年生まれ。大阪・高槻市の利井常見寺の次男として生まれ、幼い時から演劇に熱中。昭和38年早稲田大学文学部演劇専修を卒業後、転じてサンケイ新聞の記者、夕刊フジの創刊メンバーに加わりジャーナリスト生活10年。されに転じて、昭和48年に僧侶(浄土真宗本願寺派)の資格を取得し翌年行信教校に学び、続いて伝道院。同年より本願寺布教使として教化活動に専念する。善巧寺では、児童劇団「雪ん子劇団」をはじめ永六輔氏を招いての「野休み落語会」など文化活動を積極的に行う。平成2年門徒会館・鐘楼建設、同年往生。
<-目次-「お茶の間説法」>
・お目覚め説法
・いい天気ってどんな空?
・カガミよかがみよ鏡サン
・心のファウンデーション
・決めた!はヤメタのはじまり
・だいどこ説法
・スプーンはおいしさを知らない
・ひとりいきいき
・いただきます、してますか?
・おかげさま?おカネさま?
・るす番説法
・あなたのダンナは本当の旦那か?
・ベルの音いろいろ
・長屋とマンション
・ひとりよりもふたり
・いどばた説法
・浜美枝さん
・六道はいずこに
・この世はあなたのままになるか
・天上界は二分半
・ようこそ、ようこそ
・居直るか、痛みを感じるか
・千々に乱れてグチばかり
・生きがいと死にがい
・名CMその後
・ストーブで心は暖まらない
・ハウツー説法
・お布施は出演料じゃない
・焼香は何のために
・仏だんの意義
・ありがとう、さようなら
・お茶の間説法
・焼きイモの味
・女のよりどころ
・男は富貴
・煩悩はいくつある
・チャンネル説法