長屋とマンション

昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。末尾には、著者本人による録音音声があります。


東京で新聞の仕事をしているときのことでした。ブン屋長屋とでもいうんでしょうか。横浜の日吉にモルタル塗りの二階建て、一棟八戸というアパートに住んでいたんです。

朝起きて「さあ、そろそろ出かけるか」と茶の間でいうと、両隣の健サンと六サンが「よおし」「あいよ」と返事をする。とにかく、カベ一枚ですからね。お隣さんというよりも同居人という感じ。寺で生まれたわたしも女房も、このアパートには感動いたしまして、なるほどコミュニケーションとは、かくあらねばならないと思ったものです。

るす番していても心強いんですよね。押し売りが来たって、横の連絡が早いから、女房も安心です。ところが、そのブン屋長屋の健サンが、新婚早々でありまして、やっぱり、この…カベの厚いマンションに移るということになった。長屋中があつまって、健サンをマンションに送る会をやりまして、とにかく彼は引っ越していった。しばらくたって、会社で会うと、彼、浮かぬ顔をしている。
「どうしたの?」
「どうもこうもないよ。いやだねえ」
とこうです。さらに聞いてみると、彼いわく。
「いやね。マンションに引っ越したからというんで、ウチの女房、やっぱりお隣さんにもごあいさつをしなくてはと、引っ越しソバがわりに何か手みやげをもって行ったんだよ。そしたら、中の一軒で、こんなことがあったんだ」
どんなことかといいますと、彼の奥さん、手みやげ持って、あるお宅へ行ったわけです。
――ポンピーン
「どなた?」
「あのォ、わたし同じマンションに引っ越してきたものなんですけど…」
と、手みやけを差し出そうとしたらその奥さん。
「あら、そんなの関係ありませんわよ。お宅はお宅、うちはうちですから、なにもあいさつなんて」ときた。「そんなことおっしゃらずに、そでふれ合うも他生の縁とかで…」といっても「いいえ、関係ありません」とシャットアウト。健サンの奥さん、これにはガックリときた。関西の旧家に育った奥さんは、「東京って、こんなに冷たいところだったのかしら」と頭をかかえ込んでしまった、というのです。

長屋とマンションの違い――あなたはどう思われますか?わたしは、この話を聞いたとき<ナルホド、漢字と横文字の違いだな>と思ったんです。漢字とは、つまり東洋的なものの考え方で、仏教をベースにしています。健サンの奥さんがおっしゃるように”他生の縁”という受け取り方です。仏教の根本は”縁起”の世界です。縁起とは、よって起こる。世の中は、相より相まって共に生じている。おたがいが助け合って、おかげさまで生かされている、という考え方です。

ところが、マンションの奥さんは横文字文化できた。つまり、キリスト教をベースに培われてきた西欧の合理的なものの考え方です。これはひとことでいうと”創造”の世界であり、すべて、神が造りたもうたという世界です。”他生の縁”ではなくて、このわたしが中心になる。だから、アチラの人へ手紙を書くときの書式を思い出してみると、まず名前、そして名字、それから番地、所、町名、市名、県名、国名となっているでしょう。日本はこの反対で国―県―市―町―番地―名字―名前―とこうなる。まったくサカサマなんですよね。

近ごろは、長屋も横文字になりつつあるわけですが、サテ、どうなんでしょう。わたしたちはものの考え方や心の中まで、そう簡単に横文字文化になり切れるものなんでしょうか?


雪山隆弘
昭和15年生まれ。大阪・高槻市の利井常見寺の次男として生まれ、幼い時から演劇に熱中。昭和38年早稲田大学文学部演劇専修を卒業後、転じてサンケイ新聞の記者、夕刊フジの創刊メンバーに加わりジャーナリスト生活10年。されに転じて、昭和48年に僧侶(浄土真宗本願寺派)の資格を取得し翌年行信教校に学び、続いて伝道院。同年より本願寺布教使として教化活動に専念する。善巧寺では、児童劇団「雪ん子劇団」をはじめ永六輔氏を招いての「野休み落語会」など文化活動を積極的に行う。平成2年門徒会館・鐘楼建設、同年往生。

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