天上界は二分半

昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。末尾には、著者本人による録音音声があります。


地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上という六道輪廻の話が長引いてしまいました。でもまあ、いどばた会議というのは話が長引くところによさもあるわけですから、お許しを願うことにして、今日は、六道の一番上の段、天上界についてお話することにいたしましょう。

この天上界というのは、あらゆる存在者にとって最高の境地なのでありまして、存在、つまり”有”の頂点ということで、有頂天ともいうわけです。この有の頂点という世界は、どんなところかと申しますと、まあ、われわれの想像をはるかに越えた、よろこびの世界のことであろうと思うのです。ですから、この世界に住むことができたら、さぞかしすばらしいであろうと思うわけですが、よくよく聞いてみると、あまりよろこんでばかりんもいられない世界のようであります。なぜならば、六道というのは輪廻している。車輪のようにぐるぐる廻っているのですから、天上界に生まれかわったとしても、またドスンと地獄の世界に落ち込んでしまうという危険性をはらんでいる。ずいぶんぶっそうなことろでもあるわけです。

さて”六道の辻はいずれぞ それそこに 明け暮れ胸に起こる煩悩”でありますから、わたしの心の中に、この天上界を見ることにしましょう。例えばあなたが、いま、とっても欲しいハンドバッグがあるとする。イタリア製、それともフランス製?どちらでもよろしい。とにかく欲しい。そこで、ご主人にちょっとねだってみた。
「ねえ、いま持っているハンドバッグがだめになったんで、新しいの一つ、買わなきゃならないんだけど…今度のボーナスで買っていいかしら」
欲しいと直接いわないところが奥ゆかしいわけですが、ご主人はそれをすぐに察知する。たまたま機嫌がよくて「よし、オレが買ってきてやる」となった。奥さんそれこそ有頂天。「うちのパパって、思いやりがあって親切で、頼りになるわあ」とよろこんだ。

買ってもらったハンドバッグ、なかなか上等で、3万5千円もしたそうです。奥さんさっそくこれをさげて、次の日のPTAの会合に出た。ふと隣をみると、これまたステキなハンドバッグ。「まあ奥さん、ステキね」まずは相手をほめてみる。するとお返しに「あら、あなたのもステキ」となる。で、本物のフランス製で時価33万円。エルメスのジョンケリーバッグとかいうあれ。こちらはフランスの会社と提携した日本製。グッと差をつけられた奥さん、これまでの有頂天から、ストンと地獄へ。(うちのパパは海外出張もないし、背のびして買ってくれたのが、せいぜいこれどまりか。たいした男でもないのよねー)

次なるは、わたしの体験。寺で毎月2回、お講というのがあって、門徒の方がたくさん集まって下さる。そこでお説教をするのですが、ちょうどこの六道輪廻の話をし終わって、みんな寺から出ていった。「アラエカッタヤー、若ハン(わたしのこと)にええ説教聞かせてもろうた。こんどもまた参りますゾー」とよろこんで下さった。ところが、このエカッタヤーのよろこびが持続した時間はわずか二分半。寺から出て駅までゆくと、電車が目の前を出ていったあとだった。ローカルだから次の電車まで一時間半待たなくてはならない。エカッタヤーのほれぼれするような顔は一転して、駅に出向いたわたしをにらんで、うらめしそうに「若ハンの説教もう一寸短こうしてくれたらよかったのにィ」となったのです。

かくてわたしたち、毎日毎日の生活の中で六道をぐるぐるぐるぐる回りつづけるわけであります。


雪山隆弘
昭和15年生まれ。大阪・高槻市の利井常見寺の次男として生まれ、幼い時から演劇に熱中。昭和38年早稲田大学文学部演劇専修を卒業後、転じてサンケイ新聞の記者、夕刊フジの創刊メンバーに加わりジャーナリスト生活10年。されに転じて、昭和48年に僧侶(浄土真宗本願寺派)の資格を取得し翌年行信教校に学び、続いて伝道院。同年より本願寺布教使として教化活動に専念する。善巧寺では、児童劇団「雪ん子劇団」をはじめ永六輔氏を招いての「野休み落語会」など文化活動を積極的に行う。平成2年門徒会館・鐘楼建設、同年往生。

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