お布施は出演料じゃない

昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。末尾には、著者本人による録音音声があります。


東京や大阪に住む友人に、よくこんなことを聞かれます。
「坊さんにこんなことを聞くのはおかしいが、だいたい、あの”お布施”というのは、どれぐらい包んだらいいものなのかね」
親の法事で実家に帰らなくてはならないとき、あるいは親戚から法事の案内が届いたとこなど、普段そうしたことに慣れていないものだから、とにかく心得として、知っておきたい、ということなのでしょう。

ところが、そんなときのわたしの返事があいまいで、「さあね」とか「知らないなあ」なんていうものだから、友人はますます聞きたがる。
「知らないって、そんな、実際にもらったお布施のことを教えてくれればいいだよ。ホラ、パッと持っただけで中身がわかるなんていうじゃないか。あるだろ、相場が」
ここまでたたみかけられると、いわざるをえない。「いくら」ではなくて「なぜ、お布施というものがあるのか」ということをです。

「キミね、布施というのはね。坊さんがお経を読んだことに対する出演料じゃないんだよ」
「へえ、じゃあ、なんだいあれは?」
「布施というのはね。仏道修行の根本精神の一つでね。喜捨ともいって、よろこんでこだわりを捨ててゆくことなんだよ。インドではダーナといい、キリスト教では無償の愛―チャリティーなんていっている。人間が人間らしく生きてゆくためには、コケのようにこびりついた、いろんなこだわりを捨ててゆくことが大切なんだよ。で、中でも一番こだわっている自分の財産というものを、せめて、まねごとでもいいから、法事なんかの機会に捨ててみる。これが布施というものなんだ。だから”いくら”ではなく、その人の心が大切なんだ」
「ふむふむ、それを拾うのが坊さんというわけか。やっぱり、坊主丸もうけだな」
「そうとられても仕方がないが、坊さんというものは、もうけ商売をやっているんじゃない。頭のテッペンから足のツマ先まで、そういう良い心の持ち主のおかげで生かされているものなんだ。だから、そうした財施に対して、真実の法を説く、つまり法施というものをさせていただくわけだ。それに、お布施をもらったといっても、自分にもらったのではなく、寺の仏様にいただいたものだから、ぼくたちは、そのお下がりで生活させていただいている乞食みたいなもんなんだよ」
「まいったなあ。ちょいと聞こうと思っていたのに説教されてしまった」

友人の心には、まだ「なぜ」より「いくら」という疑問が残っているようです。坊さんの説教なんて聞いているんじゃないという顔をしている。まさにその通りで、現代はなんでもハウツーの時代。ややこしいことはすべて、ハウツーの本でもみて、トントンと運ばないとコトがおさまらない。いそがしい友人は、そのハウツーの本を読むのも時間が惜しく、ちょいとわたしに聞いているのですから、わたしもとんだかせぎのジャマをしていることになったようです。しかし、法事の意義も、布施も意味もわからず、ただなんとなく法事だからと休みをとって、実家に帰ってセレモニーだけすませ、また、もとの生活にもどるだけというのなら、それこそ、こだわりやしきたりに振り回されているに過ぎないのではないでしょうか。救われないよ、それじゃあ。

そんなわけで、このハウツー説法は、できるだけ「いかに」ではなく「なぜ?」という根本的な疑問にまで掘り下げてお話をすすめたいと思っています。ですから、おいそぎの方には、まるで役に立たない話ばかりかもしれませんが、平にお許しを。そしてまた、どうしてもおいそぎの方は、市販のハウツーものにある「法事のお礼」の項でもたちよみしていただいて、「法事のお礼は、法事の全費用の十分の一ていど」とか「西欧のキリスト教などでは、教会への喜捨は全財産の十分の一か二ぐらい」などという、もっともらしいところをみつけて、ナットクされたらいいでしょう。


雪山隆弘
昭和15年生まれ。大阪・高槻市の利井常見寺の次男として生まれ、幼い時から演劇に熱中。昭和38年早稲田大学文学部演劇専修を卒業後、転じてサンケイ新聞の記者、夕刊フジの創刊メンバーに加わりジャーナリスト生活10年。されに転じて、昭和48年に僧侶(浄土真宗本願寺派)の資格を取得し翌年行信教校に学び、続いて伝道院。同年より本願寺布教使として教化活動に専念する。善巧寺では、児童劇団「雪ん子劇団」をはじめ永六輔氏を招いての「野休み落語会」など文化活動を積極的に行う。平成2年門徒会館・鐘楼建設、同年往生。

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