ストーブで心は暖まらない

昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。末尾には、著者本人による録音音声があります。


テレビに出てれば お偉い方で
テレビがいってりゃ 正しいことで
テレビに出なけりゃ 落目ときめて
テレビにだまされてりゃ罪はない
はは のんきだね

という今様のんき節をうたっているのが、あの永六輔さん。ご本人は”落目”じゃないらしく、先日はNHK教育の「文化講演会」に講師としてご出演。これをわたしも拝聴したのですが、じつにおもしろかった。「いささか漫談のようではなりますが…」とことわっておられたが、いささかどころか、大漫談で、30分余りの話だったのに、こちらは話が終わってからも、まだ笑いがとまらず、いまだに思い出し笑いをしているしまつであります。

話の内容は、文化と文明、知識と智恵というテーマで、メートル法は知識、尺貫法は智恵、フォークの背中にごはんをのせてたべるのは誤った知識で、ワリバシをパチンとやって、木の香をも楽しみながらごはんをたべるのが智恵…などなど、身近な生活の中での、知識と智恵のギャップを掘り起こしての話でありました。

その中で永さんは「智恵というものには、何か、こう、あたたかさがありますよね」とおっしゃったのだが、これにはわたしもヒザを打ちましたね。そうなんですよ。智恵にはあたたかさがある。智恵の目というものには知識の目では見えないものが見えるんです。

例えば、母親のなみだです。知識の目で見れば、それはNACL-塩水としか見えない。汗とかわりのない分泌物で、それがたまたま、いま、わたしを産んだ母と呼ばれる女の目から表面張力を越えて、こぼれ落ちたとしか見えないわけです。ところが、これを智恵の目でみると、母親がこのわたしにありったけの愛情を注ぎ、わたしの悲しみを自分の悲しみとして、わたしにかわって泣いてくれているのだということがわかってくるのです。

いま、わたしにはこどもが3人いますが、その中で、4才になる長男が、とても知識欲旺盛で、食事の時にみんあの顔をみて、こんなことをいうんです。
「この中で、だれが1番に生まれたの?」
「そりゃあおじいちゃんだろ」
「そうか、おじいちゃまが1番。そしたら2番はおばあちゃま。3番は…お父ちゃま。4番はお母ちゃま、5番はお姉ちゃま、6番はボク。7番は…(弟の)ノリくん!」
これを何度もくり返し、次に不思議そうな顔をして
「みーんな、生まれたね」というんです。知識の目でなら「当たり前じゃないか」となるのですが、母親はそうはいわなかった。ニッコリ笑って「みんな、あえて、よかったわね」といった。久しぶりに家族中があたたかいものを感じたことであります。

あたたかいといえば、つい先日、こんなこともありました。寺の本堂というものはとても寒い所でありまして、座っていても、歯の根が合わなくなってくる。そこで、お年寄りのために、この冬から、火ばちに加えて、大型ストーブを2台入れてみたんです。みんなとてもよろこんでくれました。ところが、そこへ、さらにこの1月、小さな花もようの座ぶとんが50枚はいりました。
「おばあちゃんたち寒かろう」と、門徒の青年が2人して寄付してくれたのでした。おまいりにきた人たちに、2人の青年のことを話すと、みんなポロポロ泣きだすんです。
「若いのに、なんと、心のやさしい人だろう。ようこそ、ようこそ」

知識の目でみれば、大型ストーブの方があたたかいに決まっている。しかし、ストーブでは、体はあたたまっても、心はあたたまらないのです。知識と智恵—どうやらチャンネルが違うようです。切り替えてみませんか。知識の目から智恵の目へ。おカネさまからおかげさまへ。


雪山隆弘
昭和15年生まれ。大阪・高槻市の利井常見寺の次男として生まれ、幼い時から演劇に熱中。昭和38年早稲田大学文学部演劇専修を卒業後、転じてサンケイ新聞の記者、夕刊フジの創刊メンバーに加わりジャーナリスト生活10年。されに転じて、昭和48年に僧侶(浄土真宗本願寺派)の資格を取得し翌年行信教校に学び、続いて伝道院。同年より本願寺布教使として教化活動に専念する。善巧寺では、児童劇団「雪ん子劇団」をはじめ永六輔氏を招いての「野休み落語会」など文化活動を積極的に行う。平成2年門徒会館・鐘楼建設、同年往生。

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