六道はいずこに

昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。末尾には、著者本人による録音音声があります。


仏教の世界観に、六道輪廻(ろくどうりんね)というのがあります。わたしたちは、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上という六つの迷いの世界をぐるぐるとまわっているものだという考え方です。こんなことをいうと、最近の若い人たちは「科学的な証明もないのに、そんなものあるなんて信じられない」といいます。なるほど、死んだあとの世界なんて、わたしたちに想像もつかないことでありますし、あっちから帰って来た人の話も聞いたことがないので、わからないのは確かです。しかし、この六道という世界は、遠くの方で回っているのではなくて、じつはいま、このわたしの心の中ででも、ぐるぐると回りつづけているのだとしたらどうでしょう。

六道の辻はいずれぞ それそこに
明け暮れ 胸におこる煩悩

こんなうたがありまして、じつは、六道というのは、あっちの方にコロンとあるのではなくて、わたしたちの現実の心の中にもあるじゃないかというのです。まさかと思われる方は、次を聞いていただきたい。

まず、地獄ですが、よく新聞の見出しに、さながら地獄絵図、などというのが出てくる。大事故の惨状をあらわすときに使うわけですが、あればかりが地獄じゃない。交通地獄、受験地獄などというのもある。しかし、これもなんだか、このわたしというものを抜きにして客観的にながめているような感じです。六道の辻はいずれぞ、それそこに、ですから、わたしの心の中にあるんです。では、どんな心を地獄というのか、といいますと、人を責める、人を裁く心、これが地獄だというんです。

この夏、わたしも37歳にして、自動車の免許をとるために、教習所に通ったんですが、地獄だね、あれは。教習が終わった若い女の子の話を聞いていると、すごいですよ。
「あーあ、また、あの先生にしかれた。ひどいのよ。足で蹴るんだから。もうイヤ、あんな先生、死ねばいい」
責めるだけじゃない。心の中で先生を殺してしまうんですからね。いや、人だけじゃない。コースの中で信号を無視して注意されると「もォ、あんな信号なきゃいいのにィ」とこうですからね。ちょっとはオノレのことも考えろといいたいね。ま、教習所ばかりが地獄じゃない。わたしたちは毎日毎日、目が覚めてから寝るまでに、自分の都合で、何十人という人を責め、裁いているんじゃないでしょうか。

次に、餓鬼道。これはもうよくご存じ。このガキ、なんてよくいいますが、要するに、もうちょっと、もうちょっとという心、あれですよ。人間の欲望はとどまるところを知らず、あれも欲しい。これも欲しい、もうちょっと、もうちょっと、とむさぼりつづける。そのままが餓鬼道だというんです。

三番目の畜生道。コンチクショーとわたしたちは、よく人にいうけれど、じつはそのことばは自分に返ってくる。ご恩知らずは犬畜生です。おかげさまということを知らないものは、人間のかっこうはしているけど、本当の人間じゃないという。考えさせられますね。

そして四番目は修羅道です。修羅場、修羅の巷とかいうように、ケンカの世界でしょう。ここ2,3日をふりかえって、あなたはケンカはしませんでしたか?してません、と答えた方は、修羅道だけは素通り…かと思えばそうじゃない。<あの人には負けられない>という心のままが修羅道に落ち込んでいる姿なんですから。

地獄-餓鬼-畜生-修羅-と、六道の中の四つの世界までを、わたしの心の中でながめてみたわけですが、どうでしょう。わたしたちの毎日の生活というものは、これの連続ではないでしょうか。いどばた会議の話題にしたって、ひょっとしたら、この四つの世界のつつき合いかもしれませんね。


雪山隆弘
昭和15年生まれ。大阪・高槻市の利井常見寺の次男として生まれ、幼い時から演劇に熱中。昭和38年早稲田大学文学部演劇専修を卒業後、転じてサンケイ新聞の記者、夕刊フジの創刊メンバーに加わりジャーナリスト生活10年。されに転じて、昭和48年に僧侶(浄土真宗本願寺派)の資格を取得し翌年行信教校に学び、続いて伝道院。同年より本願寺布教使として教化活動に専念する。善巧寺では、児童劇団「雪ん子劇団」をはじめ永六輔氏を招いての「野休み落語会」など文化活動を積極的に行う。平成2年門徒会館・鐘楼建設、同年往生。

Play