生きがいと死にがい

昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。末尾には、著者本人による録音音声があります。


歌に想い出がより添う 想い出に歌が語りかける
二つの結び合いをみつめながら、絶え間なく歳月が流れてゆく

これはNHKのきらめくリズムの語り口。二つの結び合いがどうなるかは別として、とにかく絶え間なく時は過ぎ、歳月は流れてゆくもののようであります。とくにこのテレビをにぎわすヒットソングというものは、流行のサイクルが短くて、あっという間に忘れ去られてゆくもので、七年前の歌なんて、まるで覚えていない。そんなわたしたちに、二重の意味で時は過ぎ、歳月は流れてゆくものだということを語りかけてくれるのが、昨年暮れの、ちあきなおみさんでした。

NHKのビッグショーだったかと思うのですが、そこで彼女が歌った歌が「四つのお願い」。あとで調べたら、この歌は七年前のヒットソング。それをホコリをはたいて引っぱり出してきた彼女は、まず一節、

一つ やさしく愛して
二つ わがままいわせて
三つ さみしくさせないで
四つ 誰にも秘密にしてネ

と歌い、つづいてこの二人の結婚後、倦怠期を歌い、最後に2人のたそがれ時の四つのお願いを、身ぶり手ぶりよろしく歌った。

たとえばわたしが先に、先に逝ったら
おじいさんや わたしのお願い聞いてほしいの
一つ お墓に参って
二つ お経を読んで
三つ お花を飾ってね
四つ わたしたちの人生はしあわせだったといってネ

このパロディに、場内は一瞬、シーンと静まりかえり、そして間もなく、拍手のアラシ。そこで彼女は「考えてみますと…」と話そうとした。ところが拍手が鳴りやまない。テレた彼女は「なんだか今夜のなかで一番拍手が多かったみたい」とひとりごと。ここでようやく静かになった。その時、彼女はこういったんです。
「考えてみますと…いえ、考えてみるまでもなく、わたしにも、人生のたそがれ時がやってくるんですね。ですからわたしは、その日がくるまで、今日一日、今日一日を、心豊かにうたいつづけたいと思います」

時は過ぎ去り、人は死ぬ―愛だの恋だのという歌はゴマンとあるけど、冷たいホントをズバリ歌ったのは彼女がはじめてじゃないかと思う。これを聞いてヒヤリとしたり、ギクリとしたり、ゾッとした人がかなりいたんじゃないかと思うんです。

サンケイの1000人調査によれば、老後の生きがいは
①仕事をもって働いていること
②勉強したり若い人に物を教えること
③趣味をたしなむこと
④こどもや孫と一緒に過ごすこと
⑤老人同士語りあえること
⑥好きなものを飲食すること
⑦何もせずにすごせること
という順番になっています。

年をとっても仕事に生きるということはすばらしいことであります。人に物を教えてゆくことも大切なことです。趣味をたしなみ、孫にかこまれ、おいしいものを食べてすごすこともすてきなことであります。しかし、人間、生きがいばかりではなく、死にがいも考えてみなくてはならない。すると、さっきの歌にもどるわけですが、なるほど墓に参ってもらい、花をかざり、お経を読んでいただくのも結構だけど、さいごのお願いの、わたしたちの人生、しあわせだったよといって欲しいという、これに尽きるのではないかと思うんです。

生きがいと死にがい――これを仏教では二つのこととしてではなく、生死(しょうじ)の問題として一つに考えています。生きているということは、死に近づいているということであり、死の問題をかかえているということは、生きているということなのです。ところが、わたしたちは、それを片方だけクローズアップして、ややこしいことは後まわしにしてしまっているみたい。でも、ちあきなおみのパロディ四番目のお願い「しあわせだったといってね」ということは、とりもなおさず、いま、わたしが心豊かに生きているかどうかにかかっていることなのですから、どうかみなさん、今日一日を大切に。そしてそれぞれの持ち歌を、声高らかに歌おうではないですか。


雪山隆弘
昭和15年生まれ。大阪・高槻市の利井常見寺の次男として生まれ、幼い時から演劇に熱中。昭和38年早稲田大学文学部演劇専修を卒業後、転じてサンケイ新聞の記者、夕刊フジの創刊メンバーに加わりジャーナリスト生活10年。されに転じて、昭和48年に僧侶(浄土真宗本願寺派)の資格を取得し翌年行信教校に学び、続いて伝道院。同年より本願寺布教使として教化活動に専念する。善巧寺では、児童劇団「雪ん子劇団」をはじめ永六輔氏を招いての「野休み落語会」など文化活動を積極的に行う。平成2年門徒会館・鐘楼建設、同年往生。

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