居直るか、痛みを感じるか

昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。末尾には、著者本人による録音音声があります。


彼の岸―悟りの世界に到達するための修業の4番目は「精進」であります。精進とは精魂こめて、ひたすら進むということで、悪いことはやめて、善いことをするように努力することであります。これさえ心がけていれば、いつも健康で、職場ででも、出世街道をひたすら進むことうけあいなんですが、なかなかうまくゆかない。というのが現状のようです。

悪いことはやめて、善いことをする―たとえば、タバコというのはどうでしょう。”健康のため、吸いすぎに注意しましょう”と書いてある。体に悪いんですよね。だから精進努力して、キッパリとやめればいい。とても簡単なことであります。ところが、これがなかなかやめられない。「やめるべきか、やめざるべきか…ちょっと一服やりながら考えよう」とか、「禁煙なんて簡単なことだ。わたしなんか、もう百回も禁煙した」とかなんとかいいながら吸っている。

健康のために、ナワとびがいいとか、マラソンがいいなどというのもある。「よし!それだ」と一度はやってみる。ところがこれんもつづかない。おやかの出っ張りが気になると「よし!減食だ」と思い立つ。ところがこれも三日坊主。よいことというのは世の中にいっぱいあって、努力すれば自分もよくなることは十分承知しているのだけれども「わかっちゃいるけどやめられない」と、悪い方へ悪い方へとひたすら進んでゆくのがわたしたちなんですね。

新聞のコラムに「わたしの健康法」というのがあって、その原稿の依頼に、永六輔さんのところへうかがったことがあるんですが、彼はそのとき「生きていること自体が不健康なことなので、ボクには健康法なんてものありません」といった。よいことをつづけることが出来ない自分というものをよく知っていらっしゃる、と思ったものであります。

精進といえば、精進料理というのがあります。生ぐさいものを使わない料理のことで、その心は、ものの生命を大切にするというところにあります。わたしたちはあらゆるものの生命を奪って生活しています。ですからせめて、親の命日ぐらいは、なるべく生き物の生命を奪わないようにしようということで、精進日というものを各家庭で決めていたわけです。

先日、門徒のある家庭にうかがいましたら茶の間にこどもが描いた絵がありまして、そこにサカナとトンカツが描いてある。そして、それに赤いクレヨンで×印がうってある。で、その横にこんなことが書いてあるんです。
「こんな日はこんなものを食べないようにしよう」
こんな日とは、おばあちゃんのなくなった日、おじいちゃんのなくなった日、お姉さんのなくなった日…であります。いまや、こういう家庭はまれですね。お葬式の日でも刺し身やカマボコが出てくるのがあたり前のようになっている。

こんな話をしていると、ある青年が、
「いいじゃないですか。生き物といえば何もサカナや牛ばかりじゃない。米だって野菜だって、みんな生き物。結局われわれは殺生しなきゃ生きてゆけないんだから、生ぐさいものとかなんとか区別する必要ないんじゃないですか」
といいました。どうでしょう。わたしには居直りとしか思えない。いってることはたしかに正しいのですが、その受け取りようが違います。あらゆるものの生命を犠牲にして生きているわたしなのだから、せめてそういったものに感謝をする心がなくてはなりません。わかっちゃいるけどやめられない、と居直る前に、心の片すみにほんの少しの痛みも感じることがない自分はじつは何もわかっちゃいないんだ。ということをわかっていただきたいのです。


雪山隆弘
昭和15年生まれ。大阪・高槻市の利井常見寺の次男として生まれ、幼い時から演劇に熱中。昭和38年早稲田大学文学部演劇専修を卒業後、転じてサンケイ新聞の記者、夕刊フジの創刊メンバーに加わりジャーナリスト生活10年。されに転じて、昭和48年に僧侶(浄土真宗本願寺派)の資格を取得し翌年行信教校に学び、続いて伝道院。同年より本願寺布教使として教化活動に専念する。善巧寺では、児童劇団「雪ん子劇団」をはじめ永六輔氏を招いての「野休み落語会」など文化活動を積極的に行う。平成2年門徒会館・鐘楼建設、同年往生。

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