決めた!はヤメタのはじまり

昭和52~53年にかけてサンケイ新聞婦人面に掲載された「お茶の間説法」の文章です。末尾には、著者本人による録音音声があります。


ホントのお化粧法の第一課は、”女はウソのかたなりだ”ということを知ることではないか――と、先週お話しましたら、若いお嬢さんが、寺へとんできて、「とんでもない!」というのかと思ったら、「わかるわかる。ホントその通り」ときた。以前ラジオで一緒に仕事をしていた女の子で、年はハタチ。それこそ頭のテッペンから足のツマ先まで、あたたかいウソで塗りかためた感じの子だから、こちらもビックリしましてね。ホントにわかったの?と半信半疑。そしたら彼女「まあ 聞いて下さいよ」と、じつに感動的な体験談を、息せき切って話してくれた。まあ、聞いてやって下さい。
 
ワタシね、学生時代からモデルのまねごとやったりしていた関係上、おしゃれとか、お化粧には、かなり自信があったんです。ところがね、ついこの間、ワタシ急に腹部出血とかでバッタリ倒れて、救急車で病院に運ばれたの。もう痛くて痛くて死にそうで、先生にみてもらったら、すぐ入院だ、手術だというのよね。もう目の前まっ暗でフーッとなって、とにかく入院ということになったの。
 
そしたら、看護婦さんがやってきて、スッゴク事務的に「お化粧として、寝間着に着替えて寝てなさい」っていうの。もう、ガーンよ。だってワタシ、いままでオトナになってから、人前で素顔見せたことなかったんだもの。で、そういったら、また看護婦さん「決まりです。おとしなさい。着替えなさい」でしょ。それで仕方なく、顔を洗ってスッペンペンになって、三宅一生の服も脱いで、ペローンとベッドに横になったわけ。もう恥ずかしくて恥ずかしくて、おなかの痛いのはガマンできたのに、このときばかりはオイオイ泣いてしまった。
 
ところが、しばらく病院で生活しているうちに、だんだん落ち着きを取り戻して、まわりをみると、みんなワタシと同じで、スッペンペンのペローンなのよね。で、よくよく考えてみたら、結局、みんな患者なのよね。お化粧なんてことよりも、もっとタイヘンな問題と戦っているわけですよ。そうだ、ワタシもその中の一人なんだ、ということがやっとかわったの。すると、なんだか、スーッとさめてゆく自分を感じて、ナーンダ、人間って、こんなものか。これまでいろいろ飾りたてていたけど、ホントのワタシって、スッゴクちっぽけで、たった一人で、とてもつまらない人間だなあーと、そのとき、やっとわかったの。
 
このお嬢さんは、これからまもなく、おなかを15センチも切る大手術をうけるわけですが、その折には、自分の死というものに直面し、生きたいと思い、命の尊さを知り、そしていままで考えもしなかったという両親や友達への感謝の気持ちも、ふつふつとわいてきたそうです。じつにすばらしい体験をしたものだ、と、わたしも教えられることが多かったんですが、その子が、さいごにこういうんです。
「ところが、ところがですよ。手術が終わって退院したら、もう、その時に思ったこと、心に決めたこと、すっかり忘れてしまって、パァーッとまたハデに、毎日ウソのかたまりで過ごしてしまっているの。ダメねぇ、ワタシって。どうしてこうなのかなあ…」
 
仏法では、心に決めることを“決定心(けつじょうしん)”といいます。これはだれでも持ち合わせているもので、朝目が覚めると「さあ、やるぞ」。注意されたら「よし改めよう」と思うわけです。ところがもう一つの心”相続心”というのがまるでない。朝決めたことを昼まで守りつづけることすらおぼつかない。でも、いいじゃないですか、と、わたしはその子にいったんです。キミには立ちもどれる原点がもう見つかったんだから。それを持たずに、ウソのかたまりがあたりまえ、生きているのがあたりまえ、と思っている人とは、すでにひと味違った人生が送れるに違いないんだから、と。

雪山隆弘
昭和15年生まれ。大阪・高槻市の利井常見寺の次男として生まれ、幼い時から演劇に熱中。昭和38年早稲田大学文学部演劇専修を卒業後、転じてサンケイ新聞の記者、夕刊フジの創刊メンバーに加わりジャーナリスト生活10年。されに転じて、昭和48年に僧侶(浄土真宗本願寺派)の資格を取得し翌年行信教校に学び、続いて伝道院。同年より本願寺布教使として教化活動に専念する。善巧寺では、児童劇団「雪ん子劇団」をはじめ永六輔氏を招いての「野休み落語会」など文化活動を積極的に行う。平成2年門徒会館・鐘楼建設、同年往生。

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