「蓮如上人御一期記」に、次のような話が収録されています。それは蓮如上人の晩年、山科本願寺での出来事でした。
あるとき、遠国からたくさんの男女が参詣をしてきました。そのころは応仁の乱はどうにか終結していましたが、全国各地で小競り合いが続いており、大変危険な状況でした。そうした戦乱の渦中を乗り越えて上京してきたのは、我が身の後生の助かるおいわれを聞くためであったに違いないというので、上人は、自らお御堂へお出ましになり、道中の苦労をねぎらって一座のご法話をされました。
お話が終わった後、集まっていた300人あまりの同行を見回しながら上人は、「この中に本当に信心決定して往生を遂げることの出来るものは、一人あるだろうか、二人あるだろうか」とおおせになりました。人々は驚いて、互いに顔を見合わせておりました。そのとき、一人の人が進み出て、自身の領解を申し上げ、
私はこのように決定の信心を頂いております。この中にも五人や十人は決定の信心を得ている人がきっといると思います。それを、一人か、二人かなどと仰せられるのは納得がいきません
と上人に抗議しました。すると上人は、
自余の面々にかかわりごと無用なり。一人か、二人といはば、汝、その一人になりて往生を遂ぐべきなり。
と仰せられたということです。
「わたしが、まことの信心を得て往生できるものは、一人あるだろうか、二人あるだろうかといったとき、あたりをみまわしてどの人と、どの人がそれであろうかなどと、他の人をさがしまわることがそもそも間違いである。私がその一人である、おかげさまでお救いにあずかりましたと領解すればいいとこである」というです。それを聞いて、みな今更のように驚き、有り難く感嘆したということです。まことに如来の大悲は、今ここにいる私一人に凝集しているのでした。
寺報83号(平成9年4月1日)
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