華麗な緞帖が降りて終焉を告げた…。寺門全員、誰もが予想だんしていなかった前坊守様の急逝である。
前坊守様は木辺錦織寺本山の血を引き、大正七年本願寺由緒の滋賀本行寺にその生を受けられた。娘時代、二十代の若さで本山執行長(現在の総長)を務め、また光瑞猊下最高のブレーンとして当時珍しかった外遊を度々された父、藤山尊證師から大局を遠望する姿勢を学び、また母からは大らかなこころと厳しい躾を受けられたと聞く。
いま「慈光院様」と諡号された如く、確かに前坊守様は、周囲の人々をいつの間にか温かく包み、和やかに癒してくださるお人柄であった。そして控えめな優しいそのお振る舞いの中に、自らは穀然とした姿勢を貫かれたご一生であった。大きな声さえ出さず、むしろ寡黙であった前坊守様。誰も前坊守様が他人の悪口をおっしゃるのや愚痴、世間的な噂話を聞いたことがないであろう。そんな不毛の俗事に煩わされるよりも、もっと大きい視点を持ち、多くのご門徒と共にある事の大事さを充分に自覚し、坊守の座を大切になさっていた。
かつて戦後の混乱する時代、能く住職を支え、妻として、母としての義務を立派に果たされたその足跡は無限に大きい。また老いては若い世代が自由に強化活動に励む姿を、温かく見守られた…。葬儀を哀しく飾る梨園の名優たちの供華を眺めながら、前坊守様の生前の世界の広さを、今にして知らされる我々である。
(寺報112号)
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